広島大学 大学院文学研究科 松本 舞 先生

No.3 「文学作品を通じて広がる世界観に魅了されて」

今回は、広島大学大学院文学研究科助教の松本舞先生にお話を伺いました。
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広島大学 大学院文学研究科 助教
松本 舞 先生
 
 
 
専門分野:英文学
経歴:
平成24年  広島大学大学院文学研究科英文学専攻博士課程後期 単位取得退学
平成24年〜   島根大学教育学部特任講師
平成27年〜 広島大学大学院文学研究科助教

◯ 研究内容

私の専門分野は17世紀の英文学です。17世紀というと、まだ現代のような科学技術が発達していなかった時代です。その当時の人々がどのような思想や世界観(具体的には死生観や錬金術の思想)を持っていたのかということを、詩や戯曲などを解読することで明らかにしようとしています。

これまで、y-4ヘンリー・ヴォーン(Henry Vaughan、以下ヴォーン)という詩人を対象に研究を進めてきました。修士課程の頃、授業でヴォーンの詩に出会ったことがきっかけです。日本では「死」というものは否定的に捉えられ、作品の題材として描かれることが稀ですが、ヴォーンの詩の中には「死」に対する瞑想が書かれていました。そういった世界観の違いに魅了され、ヴォーンをはじめとする17世紀の英文学に興味を持つようになりました。
 
文学研究は基本的に文章の分析をしていくのですが、日本でヴォーンの作品を研究されている方は少なく、訳本がほとんどないので、出版された当時の資料を読むことが多いです。訳本には編集者の解釈が加えられているので、やはりオリジナルの資料を用いることは重要だと思います。日本で入手できない資料がある場合は、実際にイギリスに行くこともありますね。ヴォーンはウェールズ地方出身なので、以前ウェールズを訪問した際、「ヘンリー・ヴォーン・ウォーク」と呼ばれる遊歩道(日本でいう「坊ちゃん通り」のようなもの)があり、ヴォーンが地域に根付いた存在であるということを実感しました。
 
17世紀に使用されていた英語と現代英語を比較すると、文法や単語の綴りが異なるので、古い資料を読む際はOEDと呼ばれる専門の辞書を活用しています(写真)。例えば、当時の文献に使用されている”s”は“f”のような形をしており、ロングSと呼ばれます。古い英語に関するこのような知識は、作品を読み進めていく中で徐々に習得しました。また、ウェールズ地方出身と聞くと訛りが強い印象があるかもしれませんが、ヴォーンのような知識人は通常ロンドンに移住していたため、比較的訛りは少ない方です。ただ、詩の中で使用されている単語を見るとウェールズ風の文調だと感じることは時々あります。研究を続けていると、文章の特徴から次第にその作家らしさも見えてきます。

ヴォーンの生涯について言うと、y-2彼は王党派の立場にいた人物だったので、ピューリタン革命時代は反革命勢力側の一人として一度は権力を失いました。しかし、王政復興後には王党派の人々は再び権力を取り戻し、自身の作品を通じて、この革命の批判を綴ったりもしています。おそらく、露骨に批判を書くことができなかったため、自身の主張を詩に秘めることで表現しようとしたと考えられます。このようなことに焦点を当てた研究にも取り組んでいます。
 
研究の視点をどのように設定するかということは文学研究を進めていく上で非常に重要となります。ある作品を読んだ上で、問題を提起し、解読を行うのですが、なかなか思うように研究が進まないこともあります。最初の問題設定が適切ではなかったために、納得のいく結論が出ないことがありますが、問題を提起する段階では、それが考察に価するものなのか判断が難しい時もあります。研究の視点を絞る上では、もちろん先行研究を参考にもしますが、学生とのディスカッションを通じて新たな解釈が導き出されることもあります。文学作品というものは、作家が残したメッセージだと考えているので、書けない期間はできるだけ作品そのものと向き合うことを心がけています。

◯ メッセージ

文学は科学と違い、正解がありません。しかし、正解がないからこそ、400年前に書かれた詩が現代に残され、未だに様々な人々によってその解釈が議論されています。文学の面白さは、まさにそこにあると思います。科学が発達した現代であっても、恋愛や死というものは私たちにとって未知の領域ですよね。文学作品に触れることで、私たちの世界観は広がり、物事を様々な方面から見ることができるようになるのではないかと思います。

文学が私たちの生活にy-2どのように貢献しているのかということはなかなか気づかれにくいですが、意外にも現代のサブカルチャー(例えば『デス・ノート』や『鋼の錬金術師』などの漫画)には、17世紀の文学作品と同様の概念が扱われています。このことは、文学が私たちの生活の中にひっそりと根付いており、今後の文化の発展にも貢献できるということを意味していると言えるのではないかと思います。また、現代社会の状況によっても人々に共感される文学作品は変化していくと考えられることから、文学作品はその時代や社会が求めているものを写し出す鏡のような役割を果たしているのではないかと思います。

◯ 今後の展望

私自身の今後の展望としては、ヴォーンに限らず、他の形而上派詩人の作品やウェールズ出身の作家の作品も研究していきたいと考えています。また、海外の学会でも研究成果を発表したいと思います。宗教詩を研究されている方達は、キリスト教徒の方が多いですが、私自身はそうではないからこそ、新たな視点を加えることができるのではないかと思います。
 
文学研究者として思うことは、詩は日本では敬遠されがちなので、今後は多くの人に文学や詩を身近に感じてもらえるようなイベントを企画できればと思います。また、私のような文学研究者の仕事は、次世代が文学作品を読む際、手助けになるような成果を残すことだと考えているので、訳本なども出版することができればと考えています。

取材担当:笛吹理絵(広島大学 大学院総合科学研究科 博士課程後期1年)