広島大学学術院 助教 (大学院統合生命科学研究科) 加藤節 先生

No.25 集団のために個性をみるということ ―微生物の有用性のために―


 
広島大学学術院 助教 (大学院統合生命科学研究科)
加藤節 先生




 
専門分野:応用微生物学
経歴:
2010年 3月 東京大学,大学院農学生命科学研究科,応用生命工学専攻博士号取得
2010年 4月~2017年11月 Yale大学,博士研究員
2017年12月 広島大学,大学院先端物質科学研究科,助教
2019年 4月 広島大学,大学院統合生命科学研究科,助教

◯ 研究内容―細胞の個性に着目して―

私の研究対象は微生物です。微生物は目に見えない小さな生き物なのですが、実は私たちの生活と密接に関係しています。例えば、発酵食品を作ってくれたり、人の腸内環境を整えてくれたりもします。一方で、私たちの身体に病気をもたらしたり、稲などの作物を枯らしてしまうような菌もいて、私たちにとって良い面と悪い面の両方を持ち合わせる生物です。
私は、この微生物がどのように自然界の中で生命活動を維持するのかということに興味を持って研究を行ってきました。今後は、こういった基礎研究を続けていきたい一方で、それを応用の部分にもつなげていければと考えています。
微生物の分野の中で、私の研究興味についてもう少し具体的に説明します。私は顕微鏡を使った研究を海外で7年半続けてきました。顕微鏡で観察することで一つ一つの細胞の振る舞い(増殖など)を見ることができます。なぜ個々をみる必要があるのかと言いますと、例えば私たちも大きくひとくくりにすると人間であり日本人です。けれども、日本人ならば、みんな同じ性格であるかというと違います。微生物も同様で、顕微鏡で覗くと実はそれぞれが違う個性を持っています。その個性がどこから来ているのだろうか、その個性の精査によってよ
り有用な生物に作りかえることができるのではないか、と考え研究を行っています。
有用な生物とは、例えば、私が博士時代の研究対象として扱っていた「放線菌ストレプトマイセス」という菌があります。これは結核のお薬を作る菌です。また、少し前にノーベル賞を取ったエバーメクチンの発見にもストレプトマイセスが関与しています。さらに微生物の有用性は、薬だけに限りません。例えば、腸内にはいろいろな種類の微生物が一緒に住んでおり、これら微生物の働きがホストである人間の健康状態に影響を及ぼすことがだんだんと明らかになってきています。こういった微生物の機能を有効に利用することで私たちの生活を豊かにできると考えています。

研究に用いる顕微鏡

 

◯ 研究をはじめたきっかけについて

高校生のときから生物に興味があり、生物の勉強をしたいと考えていました。その当時私は、生物の研究をするのであれば動物か植物しかないと思っており、どちらかというと植物に興味を持っていました。大学1年生の時には植物の授業を中心に履修していたのですが、あるきっかけで微生物という生物がいることを知りました。微生物の良いところは、細胞周期という一世代の時間が物凄く短いということです。植物は種をまいてから個体になるまで何か月もかかります。けれども微生物の場合は、早い時には20分間くらいで生まれて死んでしまいます。そのため、周期は早いほうがいいと思い、研究の対象として微生物を選びました。
そのようなきっかけで始めた微生物の研究ですが、続けていくうちにすごく奥が深いと感じました。私たち人間は、複数の細胞が集合して作られる臓器により構成されている多細胞生物です。一方で、微生物のうち、私が扱っている原核生物の多くは単細胞生物です。一見するとすごく単純な生物なのですが、実はこの単細胞生物がどのように細胞分裂と増殖を制御しているのか、未だに解明されていないことが多いのです。すごく印象的だったのは、獣医学科の研究者の方とお話しした時に、「大腸菌についてわかっていないことってまだあるのですか」と言われたことです。実際には、こんな単純な単細胞生物についても分からないことばかりなのです。そのため、いずれ応用を志すにしても基礎の部分からだと思い、微生物の増殖について研究しようと思いました。

◯ 研究をとおして大切にしていること ―何事にも疑問をもつこと―

研究活動をとおして、常に「当たり前のことなど何もない」というスタンスで話を聞くようにしています。私が留学して最初に携わった研究プロジェクトはすごく基礎生物学的な内容でした。細胞の長さはどのようにして一定に保たれているのか、言い方を変えると細胞分裂のタイミングはどのように制御されているのか、という内容でした。それはものすごく単純な質問ですが、当時は解明されておらず、いくつかの仮説が提唱されている状態でした。当時の微生物学の教科書を見ると「細胞は2倍の大きさになった時に分裂する」と書いてありましたが、私たちが行った研究によるとそれは必ずしも事実ではなかったのです。何が事実かを知るためには、たとえ教科書に書いてある記述であってもその出典まで遡らないといけません。科学的根拠の有無がすごく大切になってきます。この研究は私にとって今までの自分の考え方を大きく変えた研究でした。
「根拠はよくわからないけど、周りのみんながこう言っているから、自分もそう信じてしまう」ことは、だれしも経験のあることだと思います。しかし、研究においてはそういったことについて一つ一つ、自分で科学的根拠の有無を確認していかなければいけません。「当たり前のことなど何もない」という姿勢こそが、大きな発見をするきっかけになると思っています。

大腸菌細胞の撮影図

 

◯ キャリア形成について ―何よりも研究が好きであるということ―

学部を卒業した後、修士に進む際には、迷いはほとんどありませんでした。その当時、周りのほとんどの学生が修士に進んでいて、私も特に迷いなく進学しました。ただ、修士から博士に進む際には、周りの学生が就職したこともあり、進路を迷いました。けれども、自分がその時に行っていた研究が良い調子で進んでいたこと、研究室にいた博士の学生が充実した学生生活を送っていたことから、私も博士課程に進むことを決心しました。
先ほど、一つ一つの細胞の個性について話しましたが、博士課程まではそういった研究を行っておらず、集団として細胞を扱っていました。微生物を培養して、莫大な数の細胞集団を回収し、その細胞集団中での遺伝子発現パターンを解析したりしていました。学年があがるにつれて博士号取得後の進路を考えたとき、これまでの研究とは少し違うことをやってみたいと思い、細胞生物学という分野に興味を持ちました。
それまで原核生物は、細胞膜という皮で包まれた一個の袋のようなものだと思われていました。その中にはDNAもRNAもタンパク質もすべてがごちゃ混ぜで入っていると思われていました。なぜかというと細胞内小器官がないからです。例えば、酵母のような真核生物は大きい袋(細胞)の中に小さい袋(細胞内小器官)が何個も入っていて、それぞれ異なる働きをしています。一方で、原核生物である大腸菌には細胞内小器官がないため、すべての物質が機能に関係なく混ざっていると考えられていました。けれども、世界中で研究が進むうちに、大腸菌においても機能によってはタンパク質が細胞内の決まった場所に局在することが分かり、「これはおもしろい」と感じました。そのため、1細胞レベルでの微生物細胞の観察、挙動の解析という研究を行ってみたいと思いました。
その後は博士研究員としてアメリカの大学で研究を行いました。当時お世話になった先生が、原核微生物における細胞生物学の研究分野でのトップランナーの一人でした。留学先を探していた時、私はダメもとでその先生に「博士研究員として一緒に研究させてほしい」というメールを送りました。自分の真剣度を伝えるために、「私がこの研究室に入れたらこういう研究を行いたい」ということを長々と書いたものも一緒に送りました。それが良かったようで、先生からの返事が来て博士研究員として受け入れてもらえることになりました。アメリカから帰国後、現在の広島大学のポストに就き、今に至ります。

◯ アメリカでの生活について

留学前に海外渡航経験はあまりなかったため、留学当初は言語で苦労しました。けれども行ってみて分かったのですが、同じ人とずっと話しているとその人の言葉は聞き取りやすくなります。それは、自分の英語が上達したわけではなくて、その人が使う定型文に慣れるからです。その人の話す癖みたいなものが分かってくると、全部聞きとれなくても大体のことは理解できるようになります。また、海外の研究室は多国籍なので、英語を母国語としない学生も多くいました。そのため、英語を話せないことに関してはみんな寛容でした。研究室内での会話はそうした環境の中で少しずつ慣れていったという感じです。
海外の大学ならではの刺激はすごくありました。私が所属していた学部では毎週水曜日にセミナーがあり、そのセミナーには、世界中から有名な先生をお招きして、1時間ほど講演をしてもらいます。その先生方のセミナーを10個集めたら大きなシンポジウムが開けるくらいのレベルです。違う学科でも毎週セミナーを行っており、「この話が聞きたい、あの話が聞きたい」という講演がたくさんあったので、毎日がとても刺激的でした。セミナーが終わった後に、同じ研究室の仲間と思ったことを話す時間もとても楽しいものでした。

◯ 学生へのメッセージ

研究をとおして私が伝えたいことは、多角的な視点を持ってほしいということです。何かうまくいかないことがあれば、違うアプローチを持って解決を目指すといいでしょう。そのために必要なのは、外からの情報です。自分の中で考えていると、自分の知っていることしか出てこないため、発想の引き出しは限られてしまいます。論文を読んだり、他の人に相談したりすることで道が開けた経験は私自身も多くあります。自分だけで考えていたら一カ月たっても答えがでないものが、人と話すことで一日で新しい道筋が見えてくることもあります。あまり自分の殻に閉じこもらずに視点を多く持ってください。
研究は楽しいことばかりではありません。つらい時、苦労する時もあります。でもその分、やりがいや達成感もあります。何より、世界で一番に面白い現象を見る、謎を解明する瞬間に立ち会うことができるのが研究の楽しいところです。人生は一度しかなく、皆さん幸せに楽しく過ごしてほしい、そしてその楽しみの一つを研究に見出してくれる人がいれば幸いです。

◯ 取材を終えて

医学の世界にはまだまだ分かっていないことが多くあり、加藤先生が行っている微生物の研究は、その解明のために非常に重要な役割を担っています。どのような困難に対しても、自らの好奇心をもって解決に取り組む姿がとても印象に残りました。加藤先生の研究が、将来の医学や農学関連の分野に貢献されることを願っております。

取材担当:永田 貴一(広島大学 国際協力研究科 博士課程前期2年)