広島大学学術院 助教(大学院生物圏科学研究科) 中村隼明 先生

No.24 トビにタカを産ませる ― 生殖細胞をめぐるテクノロジー ―


 
広島大学学術院 助教(大学院生物圏科学研究科)
中村隼明 先生




 
専門分野:動物発生工学
経歴:
2002年04月01日, 2006年03月31日 信州大学, 農学部, 食料生産科学
2006年04月01日, 2008年03月31日 信州大学, 大学院農学研究科, 食料生産科学専攻 修士課程
2008年04月01日, 2011年03月31日 信州大学, 大学院総合工学系研究科, 生物・食料科学専攻 博士課程
2009年04月01日, 2011年03月31日 信州大学, 大学院総合工学系研究科, 日本学術振興会特別研究員 (DC2)
2011年04月01日, 2014年03月31日 基礎生物学研究所, 生殖細胞研究部門, NIBBリサーチフェロー
2014年04月01日, 2015年03月31日 基礎生物学研究所, 生殖細胞研究部門, 特別協力研究員
2015年04月01日, 2017年09月30日 基礎生物学研究所, 生殖細胞研究部門, 日本学術振興会特別研究員 (PD)
2017年10月1日~現在        広島大学, 大学院生物圏科学研究科 陸域動物生産学講座 助教

◯ 研究内容-生殖細胞をめぐるバイオテクノロジー

 私は大きく3つの課題について研究を行っています。それは、①「始原生殖細胞の操作によって多様な鳥類を細胞レベルで保存する技術の開発」、②「精子幹細胞の操作によって多様な動物を細胞レベルで保存する技術の開発」、③「効率的なニワトリ生産を目指した遺伝子機能の解析や生殖細胞の発生分化メカニズムの解明」です。これらの研究に関して、私が取り組んできた順に紹介したいと思います。

①「始原生殖細胞の操作によって多様な鳥類を細胞レベルで保存する技術の開発」
 この研究テーマに関して、以前「トビにタカを産ませる」と題してHIRAKUコンソーシアム成果報告会で発表をさせて頂いたことがあります。私が行っている研究を一言で表した発表タイトルです。つまり、ある動物の精子や卵を別の動物に作らせる、ということです。具体的な成果を紹介すると、天然記念物の岐阜地鶏の始原生殖細胞(精子や卵のもとになる最も未熟な生殖細胞)を取り出して凍結保存し、皆さんがよく食べる卵を生産する卵用品種の白色レグホーンに移植することで、白色レグホーンに岐阜地鶏の精子と卵を作らせ、これらを交配させて岐阜地鶏を復元したという内容です。

研究のスライド:ニワトリの細胞移植技術について

 
 この研究を始めた時期は学部3年生の秋の研究室配属の時です。鳥類では、哺乳類で利用されている卵の凍結保存が、技術的に困難です。これは凍結保存できる細胞サイズの限界が哺乳類の卵の大きさであるためです。ですから、鳥類の卵はもちろん、イクラやタラコなど魚類の卵であっても、大きすぎて凍結保存することができません。先行研究において、始原生殖細胞を移植して宿主の生殖巣で精子や卵へ分化させる技術が開発されました。この「借り腹生産」と呼ばれる技術は、鳥類を細胞レベルで保存するための技術として注目されていました。しかし、私が研究を始めた当時、始原生殖細胞の採取・凍結・移植などの操作の効率と借り腹生産技術を利用した個体復元の効率が極めて低いことや、ニワトリ以外の種への発展性の証明など問題が山積しており、これらが実用化を阻んでいました。そこで、これらの問題を一つ一つ解決・改善することで実用レベルの凍結保存法を確立しようと考え、研究を始めました。所属研究室は鳥類の保存をテーマにしていたわけではなかったので、鳥類の生殖細胞を自在に操作する研究ができる畜産草地研究所(現・農研機構 畜産部門)に研修生として参加して研究に取り組みました。
 将来的に始原生殖細胞を用いた借り腹生産技術を応用し、ライチョウなどの希少な野鳥の保全に貢献したいと考えています。ライチョウは絶滅が危惧されており、その個体数も少ないですが、年に数個しか卵を産みません。例えば、毎日卵を産む能力を持つニワトリにライチョウの始原生殖細胞を移植し、ニワトリにライチョウを生ませることができれば、種の保存に大いに貢献することができると考えています。現在はまだ、ライチョウを用いるには早い段階なので、ニワトリに近い仲間のウズラやキジなどをターゲットにして研究を進めていきたいと考えています。その際には動物園等ともぜひ協力したいと考えています。

②「精子幹細胞の操作によって多様な動物を細胞レベルで保存する技術の開発」
 この研究も借り腹生産技術を用います。ニワトリを対象として研究を進めるうちに、鳥類の生殖細胞の発生は、哺乳類や他の脊椎動物とは異なる特徴があることを知りました。このため、私が鳥類で開発・改善した技術は鳥類以外の動物種への応用が難しいだろうと考えました。その時に、もっと幅広い動物種に適用できる技術や、利用できる細胞はないだろうかと思案した際に、私が注目したのは精子幹細胞でした。
精子幹細胞とは、精巣の中で精子を作り続ける役割を持つ幹細胞のことです。精子幹細胞によって精子が大量に作られるシステムは鳥類だけでなく、哺乳類やは虫類、両生類や魚類にも存在します。特に、哺乳類・鳥類・は虫類の精巣は精細管と呼ばれる管状の構造(ちなみに両生類と魚類は袋状の構造)を持つことから、精子幹細胞を自在に操作できれば鳥類だけでなく、哺乳類とは虫類にも応用できる可能性があると考え、博士号取得後から本研究に取り組んできました。
 とはいえ、ニワトリでは精子幹細胞の存在は知られていたものの、その正体については全く明らかにされていません。そこで、精子幹細胞に関する知見が最も蓄積されていたマウスを用いることに決めました。マウスは遺伝子操作等の技術を用いることができるアドバンテージがあり、このような研究のモデルとしてもってこいの生物でした。

研究のスライド:マウスの精子幹細胞移植について

 
 精子幹細胞を、予め生殖細胞を除去したマウス精巣の精細管内へ移植すると、精子形成(精子幹細胞が精子を作るプロセス)が再構築します。この精子形成が再構築した領域をコロニーと呼びますが、コロニーはそれぞれ一つの精子幹細胞から生じることが知られています。この研究の魅力は、動物遺伝資源の保存に加えて、現在社会問題となっている男性不妊の治療に応用できる可能性があることです。しかし、現状では、移植した精子幹細胞がコロニーを作る効率が著しく低いという課題がありました。この移植効率を上げない限り、精子幹細胞を用いた仮り腹生産技術の実用化は難しい状況でした。
 そこで私は、移植した精子幹細胞がどのように振舞うかすべて理解することができれば、振舞いを制御することで移植効率を向上させることができるのではないかと考えました。精子幹細胞の運命を長期間追跡する方法と、麻酔下で維持した宿主マウス精巣内の精子幹細胞の挙動を約3日間連続観察する方法を駆使して、移植した精子幹細胞一つ一つの振舞いを丁寧に解析しました。その結果、移植した精子幹細胞のほとんどが分化(自身と異なる機能と形態を持つ細胞へと、多くの場合は不可逆的に変化すること)と細胞死によって消失しており、コロニーを作るのはごく一部であることを発見しました。マウスやヒト等多くの動物種において、精子幹細胞の分化がビタミンAによって制御されていることは古くから知られています。そこで、宿主マウス精巣におけるビタミンAの合成を薬剤投与によって一定期間阻害した結果、移植した精子幹細胞の分化が抑制されることで自己複製(自身と同じ能力を持つ細胞を増殖すること)が促進し、コロニー形成効率を飛躍的に向上させることに成功しました。この方法を用いることで、宿主マウス精巣内で移植した幹細胞由来の精子を大量に作らせることができるようになり、今まででは難しかった自然交配でも子供を得ることができるようになりました。今後、精子幹細胞の移植効率をさらに上げることができれば、先ほど述べたような種の保存や不妊治療等に応用することができるようになると考えています。今はマウスでしか実験できていないので、ヒトのモデルとしてサルを用いて精子幹細胞を用いた借り腹生産技術の開発に取り組んでいる海外の研究者と共同研究したいと考えています。

③「効率的なニワトリ生産を目指した遺伝子機能の解析や生殖細胞の発生分化メカニズムの解明」
 広島大学に着任後は、ニワトリの遺伝子機能の解析や生殖細胞の発生分化メカニズムの解明を通して、効率的なニワトリ生産技術の確立を目指す研究にも取り組んでいます。私がポスドクとして過ごしている間に、学生の頃にはできなかったような始原生殖細胞を培養皿の中で無限に増やす技術がニワトリで確立されました。それに伴って、培養皿の中で始原生殖細胞の遺伝子操作をし、借り腹生産技術を利用して遺伝子が操作されたニワトリを作ることができるようになりました。ニワトリは産業動物としてのみならず、実験動物としても広く利用されています。このため、ニワトリを用いた基礎研究の成果は、産業の効率化に直結する可能性を秘めています。例えば、卵を産むメカニズムや体が大きくなるメカニズムを分子レベルで理解することができれば、それらを制御することで効率的な動物生産につなげることができると考えています。

◯ 生き物が好きだった少年時代-生物を“保存”したいという思い

 元々私は色々な生き物が好きで、特に昆虫が好きな子供でした。出身地は兵庫県神戸市ですが、神戸市というと都会のイメージが強いですよね。しかし、実は神戸市は北半分が山間部で、自然豊かでたくさんの種類の生き物が住んでいる場所です。その中の一つに挙げられるのがトンボで、日本にいるおよそ230種のうち、83種が神戸市に生息しています。とりわけ、私が子供の頃によく観察していたのはベッコウトンボという絶滅危惧種でした。当時私は、昆虫採取を通してトンボの生息環境が種ごとに大きく異なることに気づき、トンボの種類を指標に用いて水辺環境を評価できないだろうかと考えて夏休みの自由研究に取り組んでいましたが、その過程で見つけたトンボです。毎年、神戸市内で唯一ベッコウトンボが生息している池へ観察しに行っていたのですが、小学5年生の時に干ばつと地震で池が干上がり割れてしまいました。翌年その池に行ってみると全く水がなくて、それ以降ベッコウトンボは見られなくなり、神戸市からは絶滅してしまいました。このような経験から、環境の変化に弱い生き物が世の中にはたくさんいるのだということを知り、そんな生き物たちを守りたいと考えるようになりました。それと同時に、「どうしたら生き物を守ることができるのか?」と考えるようにもなりました。

◯ 研究者を志して大学へ-バイオテクノロジーへのあこがれ

 私が中学生のころ、クローン技術によって羊のドリーが誕生したというニュースが新聞に掲載されました。この記事を読んで、このように生命を操作することが出来ることに驚き、現在自分が取り組んでいるような、いわゆるバイオテクノロジーに対して強いあこがれが芽生えました。一方で、私はフィールドワークにも興味があったので、どのような側面から環境や生物の保存に取り組むか、アプローチの仕方について非常に悩みました。結局、大学時代の研究室配属の時に、バイオテクノロジーってかっこいいという理由で、現在の研究分野を選びました。
 高校の頃には受験勉強のモチベーションをほとんど保つことができず、成績も良くありませんでした。他人とは違うことをしたい、何かを成し遂げたい、という漠然とした思いがあり、一層のこと研究者になって自分の好きな研究をやろうと考えるようになりました。ただ、どのようにすれば研究者になれるのか、キャリアパスについてはほとんどわかっていませんでした。博士号を取得すれば研究者になれると、深く考えることなくエイヤーの勢いで大学院へ進学しました。企業の研究者は、会社の経営という側面がどうしても強くなり、自分のやりたい研究に取り組むことが難しいのでは、という印象がありました。自分のやりたいことをするためには、やはり大学、あるいは研究所で研究をするしかないと考えて、悩むことなくアカデミアへの志望を決めました。

◯ 研究活動をする上で知っておいて欲しいこと

 これから研究者になろうと考えている皆さんにぜひ知っておいてほしいこととして、「研究者へのキャリアパス」、「スカラシップ制度」、「語学」の3つについて紹介します。
 まず「研究者へのキャリアパス」についてお話します。私自身が先ほども話したように、研究者になるためのキャリアパスを把握しておらず、とりあえず博士課程まで進学して博士号を取得すれば研究者になれるものだと考えていました。ですので、どのようなキャリアパスがあるか高校生や学部生の時から知っておくことが重要と考え、機会があれば講義やセミナーを通して学生に発信しています。私自身は結果的にオーソドックスなキャリアパスを選択したと考えていますが、他にもいくつかの選択肢があります。例えば、公務員の専門職として就職した後に博士号を取得して活躍されている方や、民間企業や研究所でのキャリアを活かして大学教員として活躍されている方等、多様な経歴の持ち主がいるということを知りました。ですから、私は学生に「狭い視野でみる必要はない」ということを伝えたいです。研究者に至る多様なキャリアパスを知り、そして自分に一番合っている選択をできるように備えて欲しいと思っています。
 次に「スカラシップ制度」についてお話します。私は院生時代とポスドク時代に日本学術振興会の特別研究員制度(以下、学振)を利用しました。この特別研究員に採用されると、毎月一定額の研究奨励金が給付されるので、経済的な不安を軽減しながら研究活動に専念することができます。私がこの制度を知ったのは、ちょうど自分の指導教官と学振に申請する同じ研究室の先輩がやり取りしている場面に居合わせた時でした。そこで、その先輩に「お前も出せるから出してみれば?」と言われ、初めて学振という制度の存在を知りました。そこで申請をしてみたところ、幸運にも特別研究員として採用して頂くことができました。また、学位取得後のポスドクの時にも採用して頂くことができ、研究者へのキャリアパスを継続することができました。私が現在大学教員として研究に取り組むことができているのも、この制度のおかげといっても過言ではありません。この他にも色々な制度がありますので、このような研究活動を奨励してくれる制度について知っておくことは研究者を目指す上で非常に重要であると考えています。
 最後に「語学」についてですが、私が特に強調したいのは英会話の重要性です。研究活動では英語で読み書きする場面が多々あると思いますが、それはやっていくうちに何とかなります。問題は、国際学会あるいは実際に海外の研究機関と共同研究するような場面です。私は現在、ケンブリッジ大学と共同研究を行っていますが、正直なところ英語でのディスカッションが本当にキツイと感じています。相手が何を言っているのか正確に分からないし、反対に自分が言いたいことも日本語のように100%伝えることが出来ません。すごくもどかしい思いをしています。共同研究では、単に英語で自身の研究を説明するだけでなく、お互いの研究をどう先回って考えられるか、どんなアイデアを提供できるか、といったことも英語でこなさなければなりません。私の経験上、英語ネイティブの方の半分はこちらに合わせてくれますが、もう半分は合わせてくれません。英語が出来ないならもういいや、という風に思われてしまいます。それはとても惜しくてもったいないことです。私自身の課題でもありますが、英語での会話やリスニング力はとても重要です。

◯ 学生へのメッセージ-為せば成る

 「為せば成る」の一言に尽きると思います。研究者になる過程で様々な誘惑があると思います。例えば、様々なキャリアパスや制度を知れば知るほど戦略的になりがちになってしまい、ある意味で純粋に研究に打ち込めなくなることがあるかもしれません。でも、そこで自分のやりたい研究の明確なビジョンを持ってしっかり取り組む。得られた研究成果は学会発表や論文としてアウトプットする。上手くいかない時も当然出てきます。でも、一生懸命やり続けていれば必ず誰かがみてくれています。とにかく、やるべきことを然るべきタイミングで愚直にやり続けることだと思います。後は自分なら必ずやれると信じることが大切です。

◯ 取材を終えて

 とても気さくに、こちらの理解度に合わせてお話をしてくださり、大変興味深いお話を知ることができました。先生の取り組まれている研究について伺うと、自分の想像をはるかに超える内容のバイオテクノロジーが研究されていて、最新の研究ではこのようなことも実現できるのかと大変驚きました。種の保存や不妊症治療など多岐にわたる現代社会の課題解決にぜひ貢献していただきたいです。

取材担当:谷 綺音(広島大学 総合科学研究科 博士課程後期2年)