広島大学学術院 助教(原爆放射線医科学研究所)廣田誠子 先生

No.23 放射線を「正しく」知るために ―高度な科学技術を用いて社会に貢献する―


 
広島大学学術院 助教(原爆放射線医科学研究所)
廣田誠子 先生




 
専門分野:線量評価
経歴:
2008年 03月 京都大学理学部卒業
2011年 03月 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 修士課程卒業
2012年 04月 京都大学大学院理学研究科物理学第一教室教務補佐員
2016年 11月 京都大学大学院理学研究科物理・宇宙物理学専攻博士課程 研究認定退学
2016年 12月 京都大学大学院医学研究科臨床統計学講座 教務補佐員
2017年 10月 広島大学原爆放射線医科学研究所 助教

◯ 放射線の線量評価に取り組む

 現在とり組んでいる研究は大きく分けて3つあります。具体的には、①瀬戸内海地域の海上における放射線線量測定システムの開発、②髪や爪、歯などの生体試料の被ばく量測定の手法開発、③小線源を用いた放射線治療における照射線量測定のシミュレーションです。
 まず、瀬戸内海における放射線用測定システムの開発についてお話しします。これはドローンや海洋ブイに線量計やセンサーを搭載し、IoT(Internet of Things:物がインターネット経由で通信すること)や衛星通信などを使ったネットワークによってどこからでもリアルタイムでその地域の線量を知ることができるというものです。東日本大震災の後、陸上にはたくさんの放射線モニタリングシステムができました。その結果、地上では線量を計測することができるようになりました。一方で、海上においては原発周辺の海水をくみ上げて計測するということはなされていますが、広域では通信距離の問題やアンテナ設置の問題等が存在し、常時のモニタリングというのは難しく活用例もほとんどありません。通信業界の方でそのような技術の開発を進めているそうなので、一緒に取り組むことができたらと考えています。広島県の場合、近隣の愛媛県に伊方発電所が存在していることから原子力発電所事故による被災の可能性も考えられます。その際には四国周辺の人々が瀬戸内海を渡って避難することが予想されます。国の案ではバスによる移動等を想定しているようですが、橋を渡るとなると交通渋滞も起こる可能性がありますので、当然海路による避難も考えられます。その避難の際に海上の線量の状態を把握し、適切な避難経路を示すためにモニタリングシステムの開発が必要となると考えています。
 次に、生体試料に対しての被ばく線量測定の手法開発に関してお話しします。具体的には、生体試料の中のラジカルというものを電子スピン共鳴という方法で計測することで被ばく線量を推測する手法の開発です。髪については未だに成功例がないため、簡単な高線量領域から、すでに高線量領域では手法が確立している歯については低線量領域においても測定手法の確立を目指しています。髪と主成分が近い爪を用いた測定は研究報告があがってきてはいるのですが、髪の方は測定可能な時間の短さに加え、髪に含まれているメラニンに紫外線が当たることによってもラジカルが発生するので、常に重複してラジカルが発生している状態となっており、そのことが更に計測を困難にしています。原理的には爪と同じなので、髪でも同じラジカルが計測できるはずです。髪に含まれるメラニンの方のラジカルを正確に計測することで、それを差し引くことで放射線による影響を明らかにすることができると考えています。
 最後にお話しするのは、小線源を用いた放射線治療において照射線量を測定する方法のシミュレーションについてです。小線源を用いた放射線治療とは、線量の強い放射性物質を管などで患者の体内に直接挿入し、患部に直接照射するがん治療の一種です。このような治療は計算によってどの程度患者に影響があるかどうかを事前に想定しますが、実際の人体は個人個人によって臓器の位置が異なることや、小線源を設置する機械的な精度のために1ミリ程度ずれてしまうこともあります。医療行為に関する被ばくは多くの場合、命に関わる重要な施術なので、患者の方は多少のリスクを負ってでも治療に臨みます。現状では、大雑把に患部に当たっていて治療の効果も出ている状態ですが、できる限り不必要な被ばくは減らさなくてはなりません。そうするために、患者に実際に当たっている放射線の量を知る手法の開発に力が注がれています。私が取り組んでいることもそのうちの一つです。
原理的に言えば、今までに挙げた3つの研究テーマは異なる別の分野ですが、私の所属している研究室では放射線の線量を測定することができて、それによってどのくらい被ばくするかを推測できるものであれば、どのようなものでも研究テーマになります。まとめて言うと、私の研究テーマは放射線の線量評価ということになります。これらは最終的には被ばくした人の健康リスクを評価するということにつながっていくと考えています。

写真:電子スピン共鳴法によってラジカルを測定する装置。2つの円筒形は電磁石となっており、その間に試料を設置して上部にあるマイクロ波発生装置から導波管で試料にマイクロ波を照射し吸収する。磁場によってラジカルの持つ不対電子のエネルギー準位は分裂しており照射されたマイクロ波がそのエネルギー差に相当すれば吸収されることを利用して不対電子の量を測定する。

◯ 線量評価を用いて豊かな社会の実現を目指す

 将来的には、原子爆弾や原子炉事故、核実験などによる一般の人々への被ばくにおいて、どのような線量評価を行ってきたかを比較検討し、この80年間の間にどのような発展があったか、どのような技術革新が線量評価の精度の向上につながるかを調べ、それを踏まえた上で今後の社会に役立つ低線量領域での線量評価手法を開発していきたいと考えています。また、放射線治療が発達し患者のみならず医療従事者への被ばく管理が昨今の課題となっている現状があります。そこで医療従事者の被ばく実態を調査し、効率的で合理的な管理方法や線量評価手法の開発も行っていきたいと考えています。さらに、福島の放射線事故以降における一般社会の混乱を目の当たりにして、簡単な放射線の知識のみならず、実質的な被ばくによる被害が発生するには被ばく「量」が問題となるという定量的なものの見方や、リスクと利益を天秤にかけるという考え方などを広く世間に伝えていく必要性を感じ、知識の普及活動も行っていきたいと考えています。そういったことは放射線のみならず、高度な科学技術を上手に用い豊かな社会を作っていくためには必要なものだと思っています。
 先にお話しした具体的な研究テーマに関連した話に絡めると、ドローンやセンサーを用いた海上での線量測定に関連して、IoTを使いてヨウ素などの放射性物質を投与した患者が使用した隔離病室の汚染をドローンで調査できないか構想を練っているところです。この技術を応用することによって、より早い段階から室内の放射性物質の状態を把握することができれば、現在よりもより早く病室の除染や清掃を行うことができ、病室の稼働回転数を上げることができるのではないかと考えています。

◯ 現在取り組んでいる研究のきっかけ―東日本大震災とNPO活動

 私は博士課程では、ハイパーカミオカンデというスーパーカミオカンデの時期計画の研究に参加し、ハイパーカミオカンデに取り付けるための光センサーの開発や、スーパーカミオカンデの大気ニュートリノの測定精度を上げるためのソフトウェア開発を行っていました。ニュートリノをはじめ、高エネルギー物理学や素粒子物理学といわれる分野では、電子を測定したり、空から降ってくる宇宙線を測定したりしています。それらを測定する技術という観点でみれば、放射線の測定技術と非常に似通った部分があります。そのような理由で放射線を扱う学問分野に入るというのもよいかなと考えました。
 また、私は京都にある科学教育に重きを置いて活動しているNPOに参加していた経験があり、ちょうどその時に東日本大震災が起こりました。このNPOは退官された物理学者や生物学者の人々が多く在籍しており、放射線に関するデマが多く流れていた状況を憂慮し、放射線についての勉強会を開いたり、専門家を呼んでシンポジウムを開いたりと、きちんと勉強して放射線を理解し正しい情報を発信していこうと活動を行っていました。この経験も現在取り組んでいる放射線防護学への進路を考えるきっかけの一つになりました。NPOで放射線に関する正しい知識を発信するために論文を集めて和訳し、解説しながら知識を伝える本をまとめて発表していたところ、ちょうど広島大学の原爆放射線医科学研究所の先生の目に留まり、公募の存在を教えてもらって現在に至ります。

◯ 好奇心と深く追求する力

 私は幼い頃からいろいろなことに興味があり、好奇心が強いほうであったと思います。研究者にとって、探求心や好奇心といったものは研究に対するきっかけという意味でとても大切だと思いますが、それらは同時に諸刃の剣にもなってしまうと思っています。というのも、私の場合は興味の幅が広すぎて逆に集中できないというようなことがあり、あっちにもこっちにも気が行ってしまって、研究する時に実は邪魔になっているということもあるからです。きっかけをつかんだ後に、物事について深く追求していく必要があるので、好奇心そのものよりもある特定の物事について腰を落ち着けてきちんと調べるという強い意志や、詳細な部分を詰めていくことができる能力が必要になってくると思っています。周囲を見ている限り、そのような細かい部分をきちんと詰められている人のほうが研究者としては強いなとよく感じます。特に実験は机上の空論ではなく、現実世界で行うものなので、気温・湿度・量や、具体的な手順に伴って起きてしまう事など、現実世界で起こる要因をすべて考慮して実験の環境を作っていく必要があります。一方で、細かい部分ばかりを見続けても成果がいっこうに出ない時もあるので、見切りをつける力も必要になります。好奇心だけでは研究を進められない、根気は必要だがいつまでも同じ部分を見つめすぎてもいけない、これらの力のバランスが大事だと考えています。

◯ 学生へのメッセージ―自分を持つこと

 日本の教育では比較的「お行儀よく」いることをよしとされることが多いですが、研究においては自分の希望や主張は遠慮せずに「議論のテーブルにのせる」ことが重要になると思います。「お行儀よく」というのは、空気を読んで黙っているということでもあるし、上の立場の人の言うことをよく聞くということでもあります。小さいうちは自身に知識のストックがないので、当然大人の言うことを聞くほうが上手く物事が進む可能性が高いです。それを積み重ねて人は学んでいくと思うし、スキルアップの段階では有用なことだと思います。しかし、途中で意識を改革する必要が出てきます。大人になれば、自分の周囲の人々はいろいろな立場でいろいろな観点からものを言うようになります。ですから、周りの言うことばかり聞いていると自分がそれに振り回されてしまいます。私自身もそのような経験がありましたので、学生に対しては「今私はこう思うけどこの研究を一番長く考えているのはあなただから、あなたが私の言ったことが正しいと思った時はこの助言を使ってほしい」というような言い方をしています。どんな立場の人が言ったことであっても、その言葉は間違っていると自分が思った時にはきちんとそのことについて議論をしていくことが大事だと思います。もちろん、自分の視野が狭いだけの場合もあるので、そのような場合も含めてちゃんと話し合い、違和感を伝えていくことが大切だと考えています。このようにしていると、共同研究者や指導教官とは時にぶつかり合うこともあると思いますが、ぶつかり合っても信頼関係を築いていくことは可能です。
 研究に限った話ではないですが、私は世の中には楽しいことがたくさんあると思うので、本人が好きなことなら何を選んで人生を過ごしてもよいと思っていて、結局は「自分を持つ」ことが最終的に幸せにつながるのではないかなと思っています。研究業界は自分でこれがやりたい、これが社会の役に立つ、面白い、と思えることができる反面、周りと意見が対立したり周囲が研究の意義をなかなか理解してくれなかったりするときに疎外感や孤独感を感じる部分もあります。また、私の取り組んでいるような実社会に深く根差した学問分野では、状況や環境、観点が変化するとその意味の有無が大きく変わってしまうこともあります。そのような状況の中で、学生の皆さんが自分自身の納得がいくようにやりたいことやっていって欲しいなと願っています。

◯ 取材を終えて

 自分の研究とはかけ離れた分野の内容で、先生が丁寧に説明して下さったにもかかわらず、理解するのが大変でした。何度も辛抱強くお話しして下さった廣田先生には感謝しております。また、廣田先生のお話の中で、研究活動においては好奇心と追求力のバランスが重要というものがあり、これは分野関係なく研究者を目指す上で考慮する必要があることではないかと深く考えさせられました。

取材担当:谷 綺音(広島大学 総合科学研究科 博士課程後期2年)