広島大学学術院 助教(大学院医歯薬保健学研究科)小藤智史 先生

No.22 99%の失敗の中から得られる成功


広島大学学術院 助教(大学院医歯薬保健学研究科)
小藤智史 先生




 
専門分野:がん代謝
経歴:
2008年03月 東京大学大学院薬学系研究科 博士課程 単位取得退学
2008年07月 東京大学大学院薬学系研究科 博士(薬学)取得
2008年08月 秋田大学医学部 特任助教
2012年04月 秋田大学大学院医学系研究科 教育系補佐員
2013年12月 秋田大学 生体情報研究センター 特任助教
2014年04月 米国オハイオ州シンシナティ大学 博士研究員
2017年06月 広島大学大学院医歯薬保健学研究科 助教

広島大学大学院医歯薬保健学研究科、小藤智史(こふじさとし)先生にお話を伺いました。小藤先生は2017年6月に広島大学に着任され、現在は代謝の観点からアプローチするがん研究を行っておられます。
現在、日本では2人に1人ががんに罹ると言われています。その中で、海外留学などの経験を活かし、研究者として治療に携わる小藤先生に「研究者として大切にしていること」「研究者を目指す学生に向けてのメッセージ」を伺いました。

◯ 現在取り組んでいる研究について

 なぜ食事をするのでしょうか?食べ物の中に含まれる栄養分(糖、脂質、タンパク質)が吸収されると、それらの栄養分はさらなる物質へと変化します。この目的はエネルギーの産生や体を構成する物質の供給などになります。この一連の過程が代謝です。細胞が増殖する際にはエネルギーを必要とします。また、新しく何かが生まれるのでそのための材料も必要となってきます。これらを供給するためには代謝を行う必要があるのです。そこで、この代謝という観点からがんに対してアプローチできないかと考えて、現在、「がんにおける代謝」について研究を行っています。

「がん細胞と脂質代謝」
 1つ目はがんにおける脂質代謝です。脂質と言ってもいろいろな種類の脂質がありますが、その中でもホスホイノシタイドと呼ばれるリン脂質に着目しています。この脂質が特徴的なのは、細胞の構成成分であるのみならず、外界から受容したシグナルを細胞内に伝えていく役割も担うことにあります。このシステムに異常が生じると、細胞が正常な状態を保てなくなるため、時にがんへと繋がりうるのです。実際にがん患者の多くでホスホイノシタイドを代謝する酵素の機能が失われている、もしくは機能が亢進している事例が確認されています。そこで、がん細胞におけるホスホイノシタイドの役割を更に深く知るために研究を進めています。

「がん細胞とエネルギー代謝」
 がん治療を行う上で一番望ましいことは、正常細胞には影響せずに、がん細胞のみを殺すことです。そういった薬剤を開発するためのいい方法は、がん細胞と正常細胞の違いを利用することです。二つの細胞の大きな違いの一つは、一般的にがん細胞は正常細胞に比べて増殖が盛んであるということです。このことは細胞内の代謝と深く関連しています。先にも述べたように、細胞が増殖するためには多くのエネルギーや細胞の構成成分が必要となります。細胞は代謝を行うことによって、外から取り込んだ栄養分を分解しエネルギーを産生したり、新しく別の物質を作ったりします。つまり、がん細胞においてはこういった代謝経路が活性化しているのです。この代謝の差異はがん細胞に特異的な薬の開発につながると考えています。

がん細胞の写真

◯ 研究者として医薬の分野に進んだ理由

 一般に研究は大きく分けて二種類あります。学術的(アカデミック)な基礎研究と実用的な応用研究です。しかし、この二つは完全に分けられるものではありません。基礎研究はその名の通り学問の基礎となります。そして、応用研究はそういった基礎研究を土台に実用的なものに発展させていく研究です。どちらの研究も重要です。近年、ノーベル賞学者の方たちが基礎研究の重要性を訴えています。私は土台がしっかりと築き上げられていなければ、それらを元にする応用研究は発展しないと考え、基礎研究を中心としています。しかし、いずれは自分の研究が実際の医療の現場につながると思い日々研究を行っています。
 医療の現場では、未だ有効な薬が存在しない疾患やより効果的な薬の開発が求められている病気、また疾患そのものが十分に理解されていない場合も多く、さらなる研究が必要とされています。こういった理由から医師の方でも研究をやりたいという人たちはたくさんいらっしゃいます。このことは、私が「なぜがんの研究を行っているか」ということにも関連しています。がんというのは医療の進んだ現代になっても治すことができていません。そのため、がんの研究を行うことによって、「がんの完治」という最終目標へ向かって、少しでもコントリビューションできればと考えて研究者としての道を選びました。

◯ がん研究に至ったきっかけ

 実験をすることが楽しかったので自然と研究者になろうと思いました。では、何を研究するか。その頃、大学で“シグナル伝達”について学びました。シグナル伝達とは細胞が外部から受けた刺激を内部へどのように伝達していくか、というものです。シグナルを最終目的地まで送るために、いくつもの段階を経ます。そのため、最初に受けたシグナルは一つでも、最終的には何十倍、何百倍にもなって伝わります。多くのタンパク質が関わり、またシステマティックに起こるこの現象を面白いと思いました。こういったシグナル伝達が最も研究されている分野の一つが細胞増殖であり、これに関連して「がん」に焦点を当てました。

◯ 99%の結果が示す、自身の予想との“違い”

 学生実習の実験では、すでに答えが決まっています。その中で、実際に手を動かして思った通りの結果を得ることが出来た時にうれしさを覚えました。一方で、実際の研究の現場の実験は自分が思った通りに行かないことの方が多いです。大げさでなく、ほぼ99.9%は思った通りにはいきません。しかし、諦めることなく試行錯誤を繰り返し、残りの0.1%の成功が得られるとこれまでの苦労が報われ、こういったプロセスを楽しいと思い実験が好きになりました。
 研究はある意味では宝探しに似ています。自分の予想と違ったものが出た時に、失敗とは捉えずに、その中に何かが隠れているかもしれない、と思うと面白いです。ノーベル賞学者たちの中にも失敗の中で偶然成功の道を見つけた人は多いのです。私自身の経験を例に取ると、以前にあるタンパク質の機能を調べるために、マウスでそのタンパク質の元となる遺伝子を欠損させました。遺伝子を欠損させたのだから、何かしらの影響が出るはずと思い、様々な実験を行いました。しかし、なかなかよい結果を得ることができず研究は難航しました。そこで、視点を変えて一つの遺伝子だけではなく複数の遺伝子を欠損させてみるとそこに解決の糸口を見つけることができました。この経験から結果に真摯に向き合い、柔軟に考えていくことの大切さを学びました。予想外の現象を失敗と考えず、自身の経験や知識を基に「なぜ」と考え続けることによって新たな気づきを得ることができると私は考えています。

◯ 研究の進め方

 近年は技術の発展、高度化に伴って、数十年前にはできなかったことがどんどんとできるようになってきました。また、時間は有限ですので、のんびりと研究を行っているような余裕もありません。そういったことから、現在では、一人ですべての研究を行うというより様々な研究者と共同で研究を行うというのが主流です。私自身も、様々な分野の研究者と共同で研究を進めています。

◯ 学生時代に大切にしていたこと

 なんでもよいのですが、様々な経験を積んでおくことです。経験は一つの宝です。それは自身の研究にかかわることでも、そうでないことでも構いません。経験を積むことによって、視野が広がります。その視野を持って、専門的な分野においても物事を広くみることができるようになります。その広がった視野で、研究に取り組むことで、より多くの選択肢から、成功できる道を見つけることができると思います。私自身の学生生活を振り返ると、多くの経験を積むということはあまりできませんでした。しかし、家庭教師や塾の講師をやっていたので、様々な人たちと関わりを持つことができました。そのため、普段あまり話をする機会のない人たちとも会うことができ、「こんな考え方もあるのだな~」と思ったことが後の経験に生きています。

◯ 研究者としてものごとを多面的に見るためには

 まずは多くの論文を批判的に読むことです。同じものを見ても、10人いれば10人の見方があります。論文は筆者たちによるデータの一つの解釈にすぎません。様々な論文を批判的に読むことによって、深い理解に繋がり、また論理的な物の考え方ができるようになります。
 次にいろいろな人と話すことです。自分一人で考えていても、自身の中でしか話は完結しません。言葉に出すことによって頭の中が整理され、いろいろな人の話から新たな知見を得ることができます。周りにディスカッションできる人がいればより良い環境です。私がアメリカに留学していたときにそれを強く感じました。アメリカでは学生やポスドクは言うまでもなく、PI(注1)になった研究者の人たちとも気軽に会話をすることができます。また、複数の研究室で合同でミーティングを行うこともあり、臆することなく意見交換ができます。そのような機会を通して、様々な人のアドバイスも得られますし、逆に自分がアドバイスをすることもできます。この繰り返しによって、ふとした拍子に問題を解決することができます。

◯ アメリカ留学を通して感じたこと

 国際的な論文や学会など、研究者にとっての公用語は英語です。海外の方の意見を聞くことによって、自身の視野を広げることができると考えて留学しました。また、様々な国の人たちが同じように留学してきていており、彼らとの交流はとても良い刺激になりました。アメリカの研究室は、日本と違い部屋同士が壁で区切られていません。そのため、すぐに隣の研究室の人と話すこともできますし、同じ専門分野であれば、自分の行き詰っていることに対して意見を求めることもできます。また、研究に必要な試薬の貸し借りもできます。アメリカでは互いに良い研究をしていこうという雰囲気がありました。その一方でコミュニケーションのための言語習得には苦労しました。

◯ 研究者を目指している大学院生の方へのメッセージ

 失敗を恐れず、自分が興味を持ったものに対してあきらめずに追及していくことが大切です。私自身も失敗の日々です。実験に失敗はつきものであり、99.9%が失敗です。そして残りの0.1%の中に成功があるかもしれないのです。とにかくやり続けることで、その先に光明が見えるかもしれません。失敗というのは成功するための土台なのです。ぜひ失敗を恐れずに挑戦し続けてください。

◯ 取材を終えて

 本取材を通して、小藤先生が持つ研究に対する強い思いを感じることが出来ました。現在私たちが受けている治療は、小藤先生のような多くの研究者の方々によって支えられています。いまだに完治が難しいがんという病気に対して、研究という形で医学に携わることが、今後の医療において、重要な役割を持つのだということに改めて気付かされました。

取材担当:永田 貴一 (広島大学 国際協力研究科 博士課程前期1年)

注1) Principal investigatorの略。研究室を主宰する研究者のこと。