広島大学学術院 助教(大学院生物圏科学研究科)岩本洋子 先生

No.19 地球環境における空気中微粒子の役割を明らかにする


 
広島大学学術院 助教(大学院生物圏科学研究科)
岩本洋子 先生




 
専門分野:環境動態解析
経歴:
2006年03月 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修士課程修了
2009年03月 同大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了
2009年04月 名古屋大学, 研究員
2011年10月 名古屋大学, 博士研究員
2012年04月 金沢大学, 博士研究員
2014年04月 東京理科大学, 嘱託助教
2017年02月 広島大学, 大学院生物圏科学研究科, 助教

 今回の研究室訪問では、大学院生物圏科学研究科 環境化学・環境分析化学研究室の岩本 洋子(いわもと ようこ)助教にお話を伺いました。岩本先生は2017年2月に広島大学に着任されました。現在は、大気中に浮遊している肉眼で確認できないほど小さな微粒子(エアロゾル)を観測、採取して地球環境におけるエアロゾルの役割と影響を分析する研究をしています。岩本先生は今年の夏、カナダのバンクーバーを出発し、太平洋の島国ハワイのホノルルという航路で海洋調査を行いました。長期間に渡り海の上で調査を行い精力的に研究されています。今回のインタビューでは、現在の研究だけではなく、海洋調査を行うフィールドワークの魅力についても伺いました。

◯ 現在の研究内容について

 現在、大気中に浮遊している微粒子(エアロゾル)を観測、採取し地球環境におけるエアロゾルの役割と影響を分析する研究を行っています。エアロゾルという言葉を初めて耳にされる方も多いと思いますが、この物質は私たちの生活に密接に関わっています。近年、環境問題のニュースでよくPM2.5という言葉を耳にされた方も多いと思います。PM2.5とは空気中に存在している直径2.5 マイクロメートル以下のエアロゾルのことです。中国では、空気中に含まれるPM2.5の濃度が高くなることが原因で大気汚染が発生しています。また、ぜんそくや気管支炎等の呼吸器系への健康被害を引き起こしています。
また、このエアロゾルは環境汚染や健康被害だけではなく、地球の平均温度が長期的に上昇する地球温暖化現象にも関係していると考えられています。エアロゾルには、太陽光を散乱または吸収する特性があり、宇宙からくる太陽光を反射して、地上に届く太陽光を減少させる効果があります。エアロゾル量の変動は温暖化にも関係をしており、もしエアロゾルの量が少なくなれば、地球温暖化現象はさらに悪化すると考えられます。これまでは二酸化炭素の増加により、地球温暖化現象が進むといわれてきましたが、実はエアロゾルは二酸化炭素による地球温暖化を緩和する物質なのです。
 エアロゾルは目には見えないほど小さな物質で、普段その存在を感じることはありません。しかし、私たちの生活に大きく関わっている物質です。現在の研究では、大学の屋上に微粒子採取装置を設置し、空気中に浮遊しているエアロゾルを測定して濃度を測っています。広島県内や、瀬戸内海海上での長期の観測を行い、空気中の微粒子濃度や種類の変動を分析しています。私はエアロゾルと気候変動の関わりに対して強い関心を持っているので、今後もこのテーマを軸に研究を進めていくつもりです。

◯ 大学選びの基準は自分の夢を実現できる場所

 幼いときにNHKの子供向け科学番組を見た際、山奥や海中など、人が普段いけないような場所に行き、研究をしている科学者がかっこいいと感じました。将来、自分もTVで見た研究者のように、人類が立ち入ったことがないような場所で仕事をしたいと思いました。
 その夢を実現するために、大学の学部を選びました。学部選びをしている際に、地球惑星科学という学問であれば、海や山、砂漠など自然を相手にフィールドワークできることを知りました。受験は地球惑星科学が学べる大学を複数校受け、最終的に入学が決まったのは東京理科大学でした。

◯ 学部時代に研究者を志して大学院進学を決める

 大学3年生の時期に、周りの友人は就活か進学かという進路選択で悩み始めました。自分も周囲と同じように、どちらを選択するか悩んだ時期がありました。ただ大学院に進学しても、結局一年後は就職活動を行うことになるため、大学院で研究に集中できるのは一年間しかないと考えた時に、果たして貴重な時間やお金を使い選択する道として相応しいのだろうか、と悩みました。幸いにも、学部時代に選んだ卒業研究のテーマは面白く、このテーマなら生涯にわたって研究を続けられるだろうと思っていました。結局、進路は就職ではなく博士号を取る覚悟で大学院進学を決めました。しかし、学部時代の指導教官は学部生を対象に授業を行っており、大学院生に対しては指導をしておらず、新しく指導教官や大学を見つける必要がありました。

◯ 東京理科大学から東京大学への進学

 大学の指導教官からは、複数の大学院を紹介してもらいました。その中で、自分の研究テーマである地球科学を専攻できる研究科と、航海調査ができる海洋大気の研究できる2点を軸に大学院を選びました。その両方の要望を満たしたのが東京大学理学系研究科でした。
 東京大学といえば赤門や安田講堂がある本郷キャンパスですが、進学希望先の研究科は中野キャンパスいう場所でした。入学前は、東京大学からの内部生が多く研究科の雰囲気にうまく溶け込めないのでは、と心配していたのですが、想像した以上に内部生は少なく、自分と同じく他大学から入学した人が多かったので、入学してすぐ研究科の人と打ち解けることができました。

◯ 新天地での新たな学生生活の始まり

 大学院時代は、大学院の教授、同じゼミ生や調査時に共に生活した船員と様々な人との交流がありました。学部時代よりも自分の視野を広げることができ、とても充実した学生生活を過ごせました。
大学院の研究では、入学前から希望していた海洋研究専用の船で調査を行いました。最初の研究は、海の中に存在している微粒子を一つずつ観測していくものでした。人が行くことができないところに行くという自分の昔からの夢が実現して、毎日楽しい研究生活でした。
 しかし、博士課程進学後はなかなか研究が進まず、研究論文が書けませんでした。「本当に自分は3年で卒業できるのか」と時々気持ちが落ち込むことがありました。その時に、指導教官が自分にかけてくれた言葉が今でも心に残っています。それは、「4年かけて卒業しようと考えている奴は、4年たっても卒業することはできない」という言葉でした。本来であれば3年で卒業するべきところを、最初から4年間で卒業しようと考えている時点で、いくら時間があっても卒業することはできないという意味です。その先生の言葉を受けてから、研究への姿勢が変わりました。最終的には、D3の冬に博士論文を完成させて提出することが出来ました。先生の言葉は今でも大切にしている言葉の一つです。

◯ 最長40日間に及ぶ海上でのフィールド調査

 私自身、船酔いをしない体質みたいで船に乗ることを苦に感じたことはありません。船の中はすべてがコンパクトで移動距離も少なく楽に生活することもできるので、皆さんが想像よりも船の中は快適です。毎回、調査船で海洋調査に行くことが楽しみで仕方ありません。航海の期間は船の大きさによって異なってきますが、小さい船なら数日間、大きい船なら数週間です。今までの海洋調査では、最長40日間の船内生活をしたこともあります。
 調査船に乗っての海洋調査は楽しいのですが、航海する前の調査準備は大変です。一度調査船が出航したら、忘れ物があったとしても、日本に戻ることはできません。そのため、調査期間と同等の時間をかけて準備を行います。準備工程では、サンプル採取に使うボトル一つ一つを手洗いで洗浄していく作業があり、意外と細かい作業が多く準備は体力を必要とします。

  

◯ 研究者を目指す学生に一言

 一番、心がけてほしいことは自身の健康を気遣うことです。研究や将来のことを考えると不安な気持ちになるかもしれません。しかし、どんな時でも健康第一に考えることを心がけてください。体は資本で、自分自身が健康でいることはとても大切です。心や体が健康でなければ、研究にも集中できず良い結果を残すことはできません。休む時はしっかり休む、研究をする時は集中して取り組む。オンとオフのメリハリをつける研究生活を送ってほしいと思います。
 また、「やらないで後悔するより、やって後悔するほうがいい」とポジティブに考える心構えも大切だと思います。私はこれまで、気持ちの面では自分が好きなことを逃さないように意識しながら過ごしてきました。その意識を持ち続けながら、行動に移すことで自分の将来は自然と見えてくると思います。

◯ 取材を終えて

 取材では、研究内容だけではなく新たな指導教官探しや論文執筆の葛藤とこれまで幾度も困難に遭遇しながらも最終的には小さい時からの夢を実現する岩本先生の経験を伺いました。先生の取材を通じて、「最後まで諦めずに自分のやりたいことを信じて行動すれば夢は実現する」という教訓を得ました。今年の4月から新社会人として働き始めます。新たな環境で不安なこともたくさんありますが、自分の夢を諦めず持ち続けながら何事も全力で挑戦していきたいです。

 

取材担当:服部 拓磨(広島大学 国際協力研究科 博士課程前期2年)