広島大学学術院 助教(大学院総合科学研究科)緒形ひとみ 先生

No.17 「運動・食事から「健康」を考える」


 
広島大学学術院 助教(大学院総合科学研究科)
緒形ひとみ 先生




 
専門分野:スポーツ栄養学
履歴:
筑波大学, 大学院人間総合科学研究科, スポーツ医学, 2005年04月~2007年03月
筑波大学, 大学院体育研究科, 健康教育学, 2003年04月~2005年03月
筑波大学, 体育専門学群, 1999年04月~2003年03月

2008年04月01日, 東京大学大学院 教育学研究科, 日本学術振興会特別研究員(PD)
2011年04月01日, 筑波大学 体育系, 特任助教
2014年01月01日, 筑波大学 体育系, 日本学術振興会特別研究員(RPD)
2016年09月01日, 広島大学 大学院総合科学研究科, 行動科学講座, 助教

◯ 今まで取り組んできた研究

 私は今まで師事してきた先生方のご厚意や方針もあり、自分の専門以外にも幅広く「運動」や「食事」、「健康」に関するたくさんのテーマに取り組んできました。
 中でも「エネルギー代謝」については、メインテーマとして扱ってきた内容です。体内で使われるエネルギー源は、糖質、脂質(体脂肪)、タンパク質という順番で使われやすくなっています。つまり、食後は口から摂取したエネルギー源を使った炭水化物酸化が優位となり、絶食時間が長くなるにつれて体内に蓄えられている脂肪を使った脂質酸化が優位となります。私の今まで行ってきた研究の一部では、どんなタイミングで食事をすれば体脂肪が燃えにくい、あるいは燃えやすいかに注目し、朝食を摂取する前に運動を行うとその際のエネルギーとして脂質が使われやすい、ということを明らかにしました。その他、睡眠と食事がエネルギー代謝に及ぼす影響などについても取り組んできました。これらの研究は、広島大学へ来る前、筑波大学に在籍していたころに「ヒューマン・カロリーメータ」という装置を用いた呼気ガスを測定する実験によって研究してきたものです。
 また「血糖値変動(ゆらぎ)」についても研究を進めてきました。「健康な人と糖尿病患者の血糖変動の違い」について調べた研究において、健常者では大きなゆらぎが出現した後、一定時間経過すると、ゆらぎは収束に向かうのに対して、2型糖尿病患者ではゆらぎを収束する機構が欠如しているか、減弱していることを明らかにしました。また、「身体運動制限による影響」について調べた研究では、若年健常者を対象にNEAT(non-exercise activity thermogenesis:非運動性体熱産生)を制限すると、血糖値の揺らぎを収束する機能が提言することを明らかにしました。つまり、これは運動強度およびエネルギー消費量が比較的小さい運動であっても、その量が減少することが2型糖尿病を発症する原因となる可能性を示唆する結果です。

 血糖値をはじめとする身体の状態を表すデータ(パラメータ)は、生体が持つリズムに応じて不規則に変動(ゆらぎ)しています。近年、この“ゆらぎ”は正常に機能しているか否かを示すシグナルの1つと考えられています。このように様々なパラメータの特徴に注目しながら、食事や運動といった条件が生体リズムや代謝に対してどのように影響するかを明らかにしたいと考えています。食事や運動のタイミングを工夫することで、24時間社会の現代において薬を使わなくても健やかに過ごせるような科学的根拠を示していくことを目指しています。

◯ 現在進めている研究

 「早寝早起き朝ごはん」が文科省より推奨されていますが、生理学的なエビデンスが少ないのが現状です。他方で、人の生活リズムのリセットというのは日光と食事の影響が最も大きいと言われています(注1)。ということは、朝食を食べなければその生活リズムが上手くリセットされないということになります。私はそれらが人間の生活リズムに及ぼす影響や変化についてみてみたいと考えています。
 また、私はずっと運動に関わってきましたので、「運動」という要素も人の生活リズムに何らかの影響があるのではないかと推測しています。今まで私が述べてきた研究に関してはラットやマウスを用いた動物による実験は数多く取り組まれていますが、ヒトを対象とした実験はあまり多く行われていません。やはり人間とマウスやラットは生物としても異なるので、人間のデータを計測することはこの分野の研究上大変有意義であると考えています。
 今後はフィールド実験を行い、様々な条件の人々(朝食を毎日摂る・摂らないなど)のデータを収集し、どのような違いがあるのかをみていく方法を採用し、被験者の生理学的データをきちんと集めていく予定です。

◯ 今後の展望-「運動」と「食事」・「睡眠」からみんなを健康に

 基本的には「健康」をキーワードに研究を進めていきたいと考えています。人間というのは(皆さんも経験があると思いますが)思春期ごろから夜型へとシフトし、年を重ねるにつれて朝型へと移っていく傾向があると言われています。しかし、実際の社会生活はそのような生来の生活リズムに合わせたものではありません。例えば、子供たちが通う学校などは朝早くから始まりますから、私たちの方が社会の生活リズムに合わせて暮らしていかなければなりません。私は、このように無理に社会の生活リズムを合わせなければならない人たちに、食事のとり方やタイミングを指導したり助言したりすることで、生活リズムを調整して健康に近づけるよう支援をしていきたいと考えています。
 また、私自身の専門は運動栄養学やスポーツ栄養学なので、アスリートの時差ボケによるパフォーマンスの低下改善などにも役立てることができると考えています。アスリートはそれぞれ経験上の対応策を持っているかもしれませんが、それに食事や睡眠、運動方法などの方面から科学的なエビデンスを示したり、より体系的な対応策を提示したりしていきたいと考えています。
 私だけでできることは限られているので、いろいろな先生方と協力しながら、スポーツをずっとやってきた自分自身だから言える方法で、「健康」にアプローチしていきたいと考えています。

◯ 研究に一途に取り組んだ大学院生時代

 本格的に研究というものに携わるようになったのは大学4年生の時でした。研究を始めてからは、部活動一色であった生活が研究一色の生活に様変わりしました。というのも私の性格上、一つのことに集中してしまうタイプで、研究と部活動とどちらも取り組むと共倒れになってしまうと思ったので、大学院に進学後は部活動をすっぱり辞め、研究に打ち込むことにしたからです。
その後、博士課程後期へ進学しようと決めたのは、修士2年生の時に「研究が面白い、もっと突き詰めたい」と考えたからだったと思います。当時は(あまり望ましいとは言えませんが)将来の仕事などについてはあまり考えていませんでした。振り返ると、私としては博士号を取りたいからではなく、やりたいことをずっとやってきたら偶然にも学位が取れた、という印象です。修士時代から指導してくださった先生は「学位なんか運転免許と一緒だ」と仰っていました。学位を取得することがゴールではなく、学位を取得してからが本番。その先生の考えに感銘を受け、その後はそれに従って研究を楽しみながらも日々頑張ってきました。
 私が所属していた研究室の先生は、一つのテーマだけでなく色々なテーマの研究に挑戦させてくださる先生でした。また、先生の科研費や助成金の申請を見せていただくという場面が数多くあり、私が書いた申請書も先生が何度も手直しをしてくださり、更に先生の申請書類の作成を手伝ううちに上手な書類の書き方や、どうすれば申請が採択されるかなどのコツを学ぶことができました。この経験は、現在自分自身が研究者として活動していく上でとても役立っていて、大変ありがたいことだったと考えています。
 研究生活では、今まで大変なこともあったと思いますが、全てが上手くいくことはないし、大変なことがあってもそれは当たり前だと考えていたので、それほど辛いと思ったことはありませんでした。ずっと研究室にこもって朝から晩まで実験や研究に打ち込むことができたのは、今から考えると、部活動でずっと練習に打ち込んだ経験のおかげかもしれません。そして、一度決めたら最後までやり通したいという気持ち、負けず嫌いな自分の性格もあったと思います。

◯ 学生へのメッセージ―あきらめないこと・学位の「その先」

 私が研究を続けていく上で大切だと思っていることは、興味がある対象に対してあきらめない姿勢です。また、研究を続けていると思ったように上手くいかず、落ち込んだりすることもありますが、その時に気分の落ち込みを最低限に抑えてコントロールすることも同様に大切です。そして、後ろを向かず立ち止まらないで進んでいくこと、分からないことを恐れずにどんどん専門家に尋ねてみるということも、心に留めておいていただきたいと思っています。というのも、研究というのは1年や2年でできることではなく、長く続けることが必要となるからです。
 また、繰り返しになってしまいますが、学位を取得することがゴールではなく、学位の先に続く何かを見据えて行動し、進むことが必要です。今の時代、学位を取得したからといってすぐ就職という風にはいきません。学生の皆さんには、学位は「過程」であると知り、もっともっと先を見て行動してほしいと思います。
最後に、研究室に配属になると基本的にその研究室が世界の全てになりがちです。そのため、一つのことには詳しくなる一方でその分全体の視野が狭まってしまうという状況に陥りかねません。ですから、研究室以外の色々なことに首を突っ込み、見識と知り合いの輪をどんどん広げていって欲しいと思います。
 

取材担当:谷 綺音(広島大学 総合科学研究科 博士課程後期1年)

(注1)「私たちのからだには「体内時計」と呼ばれる機能があり、25時間の周期で睡眠や体温、血圧、ホルモンの分泌などのリズムを刻んでいます。一日は24時間なので、このズレを調整する必要がありますが、朝日を浴び、朝食をとると、この体内時計がリセットされ、一日の生活リズムが整います。」農林水産省HPより引用(http://www.maff.go.jp/j/syokuiku/minna_navi/topics/topics1_03.html)。