広島大学 特別研究員 山田 朋範さん

No.1 「分子の可能性を追い求めて」

もともと考えることが好きで,「一見ややこしいこと」に惹かれると言う広島大学特別研究員の山田朋範さんに,研究内容と今後の展望についてお伺いしました。
 
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広島大学 特別研究員
山田 朋範 さん
 
 
 
 
専門分野:量子化学
履歴:
平成22年 広島大学大学院理学研究科化学専攻博士課程後期修了(博士(理学))
平成22年~ワシントン州立大学博士研究員
平成24年~イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校博士研究員
平成27年~広島大学特別研究員(グローバルキャリアデザインセンター)

◯ 研究内容

  化学は分子を取り扱う学問です。物質の中にどのような分子が存在するかを知るためには,電磁波を物質に照射します。例えば,ある物質に赤外線(電磁波の一種)を照射し,どの波長を吸収するか,を調べることでその物質を構成する分子を特定することができます。私は,こうしたことを,古典力学や量子力学に基づき,コンピュータを使って予測する,という研究を主に学生のときに行いました。
  理論計算において古典力学かあるいは量子力学に基づくかは,場合によって使い分けます。量子力学を用いると,精度は高くなるものの計算量が多くなってしまうため,近似的に古典力学を用いることが多くあります。このため,古典力学はどこまで有効なのか,どのような状況において量子力学を用いることが必須なのかを明らかにする必要があり,それについての研究を行いました。研究の結果,古典力学がどれほどの精度で,分子の赤外線の吸収の予測に役立つかがわかりました。
 
  アメリカで研究員をしていた時期にも,y-4同様にコンピュータを用いた物質の計算の研究をしていました。研究例を一つ挙げると,グラフェンと呼ばれる炭素シートのエネルギーを計算するという研究です。私はこの計算を行うために,分子軌道法という手法に基づいて,コンピュータプログラムを作成しました。
  固体や分子などの物質を計算するために用いられる計算手法には,分子軌道法以外にも密度汎関数法という手法があり,どちらも量子力学に基づいた手法です。しかし両者は様々な点で異なっています。例えば分子軌道法は,密度汎関数法よりも計算量が大きくなり,固体などの大きな物質を計算するには不向きだとみなされがちでした。しかし近年様々な計算上の新しいテクニックが開発され,分子軌道法を固体の計算に適用した研究例がたくさんでてくるようになりました。分子軌道法は,そのような新しいテクニックを駆使する必要があるなど,利用するにはハードルが高いです。しかしその分だけ,結果の信頼性も高くなる,という見返りもあります。分子軌道法は,これまで知られていなかったような,固体の新しい物性を予測したりすることが期待できます。

  ほかにも,アニオン(陰イオン)化されたハロゲンが,y-2水中の空気に近い部分(水と空気の界面付近)と遠い部分のどちらでより安定かを明らかにするという研究も行いました。現在は高分子と炭素繊維の相互作用について研究しています。
  研究には階層があって,世の中にすぐに役に立つ上層部分に当たる研究(応用研究)もあれば,そうではない下層部分の研究(基礎研究)もあります。専門外の人には,正直何の役に立つのか分からないような研究も,(特に基礎研究には)多くあると思います。しかしどの階層の研究がより重要ということはありません。
  それより,様々な研究があり,研究全体の層が厚いことが,科学が進歩するためには必要なことだと思います。自分たちの研究は,下層の部分にあたると思いますが,その中で価値ある研究結果は別の研究者によって利用され,上の階層に引き上げられることによって,最終的に人の役に立つものになります。
  私の研究では,コンピュータを使用します。コンピュータの性能はこれからもどんどん発展するでしょうし,研究に利用するための新しいスーパーコンピュータの開発も国家プロジェクトとして今後も進められていくでしょう。私たちの研究の分野全体を大きく進展させていくためには,そのようなコンピュータの性質を効率よく利用できるような計算手法の開発が必須です。例えば,スーパーコンピュータのたくさんのCPUを同時に利用して,一つの計算結果を得るためには,その「一つの計算」を複数の独立した課題に分け,それぞれの課題をCPUごとで別個に計算して解く,ということがやりやすいように計算手法をデザインすることが必要になります。

◯ 今後のご自身の展望は?

  これまでの自分を振り返ってみて,ほとんど知的好奇心のみが動機で基礎研究に携わってきたように思えます。しかし,アメリカでの研究生活等を経て,自分が日本の社会でどのような役割を果たし,貢献していけるのか,という視点から自分を見直すようになりました。これまでの研究で培ってきた化学の知識や,アメリカで鍛えた英語を活用できる就職先を検討しています。
  広島大学特別研究員の制度では,雇用期間の1年間,若手研究者のキャリアスタート支援をサポートしています。実践プログラムの受講機会やインターンシップ,また様々なセミナーに行く機会もあり,そのようなことを活用しながら研究に従事しています。海外留学や2回のポスドクの研究生活を経験したことで,単にスキルや知識を習得できただけでなく,精神的なタフさを身につけることができたと思います。特別研究員のインターンシップでは,これまで知らなかった自分の潜在能力を実感でき,今後就職先を選択する上での参考になりました。
  日本では博士の就職先といえば,大学のような研究機関に限定されて考えられがちです。しかし博士課程の学生が研究を進める上で培う足腰の強さのようなものは,どのような仕事をする上でも生きてくると思います。それを証明するのは,ほかでもない私たち博士号取得者の責任ですので,これから頑張っていきたいです。
 

取材担当:勝池有紗(広島大学 大学院教育学研究科 生涯活動教育学専攻 博士課程前期1年)