子供のころに『ホーキング宇宙を語る』という本を読んで、宇宙に興味を持たれたという岡部先生。まだまだ多くの謎に包まれた宇宙についてのお話をお伺いしました。
広島大学 大学院理学研究科 助教
岡部 信広 先生
専門分野:天文学
経歴(略歴):
2005年3月 東北大学大学院理学研究科天文学専攻博士課程後期修了
2005年 研究員(宇宙地球科学専攻、大阪大学)
2006年〜2008年 助教 (天文学専攻、東北大学)
2008年4月~2009年6月 研究員 (天文学専攻、東北大学)
2009年7月~2013年8月 研究員 (ASIAA、台湾)
2013年9月〜2015年2月 研究員(カブリ数物連携宇宙研究機構、東京大学)
2015年3月~ 助教(物理科学専攻、広島大学)
宇宙を構成するエネルギーを大まかに分けると、私たちが通常目に見ることができる物質が4%で、70%がダークエネルギー、残りの26%が暗黒物質(ダークマター、注1)だと考えられています。私はこの暗黒物質の研究を行っています。暗黒物質は他の物質に比べ、非常に大きな質量を持っています。暗黒物質が分布している環境下で高温プラズマガスや銀河などが成長していくため、暗黒物質の分布をとらえるということは、宇宙の構造形成がどのようにできてきたかということを知る手がかりになります。
物理学の立場からも、この未知の物質である暗黒物質の正体というのはとても重要な研究テーマとなります。物質の正体を本当に知ろうと思ったら素粒子の分野からのアプローチが必要ですが、現状では天文学の研究を通してしか暗黒物質を捉えることはできません。なぜなら、暗黒物質は目で見ることのできない物質であり、電磁相互作用をしていないため、X線や可視光を用いた観測では直接見ることができないからです。観測できないとなると、物質を知る手がかりは重力しかありません。そこで、アインシュタインの一般相対論が予言する重力レンズ効果という手法を用いることで、この暗黒物質の質量分布を直接測定することができます。
重力レンズ効果とは、巨大な重力場があると周りの時空が歪み、ちょうどレンズのようにそこを通過する光の経路が変わるという現象です。現在、すばる望遠鏡(注2)を使って銀河団(注3)の観測を行っています。重力レンズ効果によって背景にある銀河の画像が歪みます。歪みにはある一定のパターンがあるので、そのパターンを正確に解析することによって、本来見ることのできない暗黒物質を質量分布として復元することができます
(図1)。
図1:すばる望遠鏡主焦点カメラ(シュプリームカム)で撮られた銀河団エイベル383の銀河のイメージと、重力レンズ効果で復元された暗黒物質の分布(紫色)。
また、銀河団の暗黒物質の質量や質量分布と、銀河や高温ガスの状態の関係性を調べる研究を行っています。前述したように、暗黒物質の質量分布は重力レンズ効果によって調べることができます。一方で、銀河は可視光などの望遠鏡で、高温ガスはX線衛星によって観測することができます。つまり、銀河団の構成要素を観るそれぞれの観測手法は独立しているかつ詳細情報を知る上で相補的と言えます。そのため複数の手法で得られたデータを組み合わせた研究を行っています(図2)。
図2:すばる望遠鏡主焦点カメラ(シュプリームカム)で撮られた衝突銀河団エイベル2034の銀河のイメージと、重力レンズ効果で復元された暗黒物質の分布(紫色)とX線を発する高温ガス(ピンク)の分布。暗黒物質の分布は銀河の分布と似ていますが、高温ガスの分布とは一致していません。これは暗黒物質の素性に関係していると考えられています。
―「弱い重力レンズ効果によってみえてきた銀河団サブハロー」という研究についてお話を伺いました。
この研究の新しい点は、重力レンズ効果で銀河団のサブハロー(注4)を観測できることに気づいた点にあります。その答えは簡単で、遠くにある銀河団のサブハローは見かけの大きさが小さいため見えないからです。これまでの重力レンズの研究では、遠くに行くほどレンズ効率がいい(背景銀河の歪みが大きい)ため、「より遠くに行きなさい」というのが定説でした。ただし、近場に行くと今度は見かけの大きさが大きくなるため、使える背景銀河の数が格段に増えます。そこで、たとえレンズ効率が下がっても背景銀河の数が増えるため、近くに行こうと遠くに行こうと重力レンズの信号とノイズ(注5)の比は変わらないということを示しました。それだけでなく、近傍の銀河団では、サブハロー自体の見かけの大きさも大きいため、サブハローの大きさをレンズ信号で捉えることに成功しました。これによって今まで観ることが難しかった小さなサブハローまで捉え、銀河団の内部構造の詳細情報を初めて得る事ができました。
「ひとみ」は非常に重要な衛星です。「ひとみ」は、カロリーメーターと呼ばれる、高いエネルギー分解能で銀河団の中にある高温ガスの運動を直接捉えることができる、世界で最初の観測装置を積んでいます。これによって銀河団の中のガスが運動しているかどうかが分かるようになります。
今までの研究では、X線を用いたガスの観測から得られる「温度」と「密度」の情報から銀河団の質量を計算していました。2つの情報を組み合わせ、なおかつガスの力学状態が平衡状態にあると仮定することで銀河団の質量を評価することができるのです。一方、重力レンズを用いた観測ではそういう力学状態の仮定がない状態での質量が分かります。これまでは、この「X線での観測によるガスの力学状態を仮定した場合の質量」と「重力レンズでの観測による力学状態を仮定していない質量」の2つを比べていました。そうすると、ガスから見積もった質量が重力レンズから見積もった質量より若干低い可能性が指摘されるようになりました。
これはなぜかというと、ガスが運動している可能性があるわけです。「ひとみ」はガスの運動を直接とらえることができる唯一の観測装置なので、今度は直接的な値が分かるようになります。先に述べた2つの情報に加え、今後は「ひとみ」から得られる情報の3つを比較することでより宇宙のガスの知識が深まることが期待されています。
すばる望遠鏡のHSC (注6)を使った銀河団サブハローの研究とひとみX線衛星を使ったガス運動の研究は非常に関係があります。第一に、ターゲットである銀河団が近傍にある銀河団という点で一致しています。第二に、前述したように3つの異なる物理量を比較することで、銀河団物理の詳細に迫ることができます。第三に、サブハローが動き回ることによってガスの運動が引き起こされる可能性があります。そのためサブハローの分布の情報はガス運動の理解を深めるために重要になります。
また、日本と台湾とプリンストン大学の共同研究で、すばる望遠鏡のHSC を用いて現在から約80億年前までの宇宙の暗黒物質の分布図を作る宇宙探査が進行中です。これは、HSCサーベイと呼ばれ、満月の大きさのおおよそ7500倍もの広い宇宙の探査を行います。同じ規模をハッブル宇宙望遠鏡(打ち上げ日:1990年4月24日)でやろうと思ったら100年以上かかる巨大な計画です。この宇宙探査によって宇宙の構造進化の解明が飛躍的に進むことが期待されます。
今後はHSCサーベイもありますし、「ひとみ」もありますし、いろんな観測装置から質の高いデータがつぎつぎ来るので、より良い研究環境になると思っています。それらのデータを正確に解析していくことで宇宙の研究がさらに進んでいけばと思います。
注1:天文学の研究において様々な観測から間接的にその存在が示唆されるが、目で見ることができないため直接的な観測はなされていない正体不明の物質。
注2:ハワイのマウナケア山頂に日本が建設した、世界一大きな一枚鏡を持ち、短時間で深い宇宙を観測することができる。
注3:数百から数千もの銀河が巨大な重力によって集まった、太陽質量の100兆倍から1000兆倍に達する宇宙で最大の天体。
注4:宇宙の構造は 天体が合体・衝突を繰り返すことで、成長・進化してきた。サブハローは銀河団に取り込まれる過程で崩壊した小さな天体の中心部が粒として残ったもの。
注5:ノイズはデータを解析した際に現れる測定誤差。
注6: Hyper Suprime-CAM(ハイパーシュプリームカム)。満月1個分の視野を持つ前主焦点カメラSuprime-CAM(シュプリームカム)の約7倍の視野を持ち、効率良く宇宙を探査することできる。2014年から運用開始。
取材担当:江口裕梨(広島大学 大学院文学研究科 人文学専攻 博士課程前期1年)