広島大学 特別研究員 奥 正太 さん

No.7 「“走化性”の理解から始まる微生物との共生」

「私たちの生活は様々な微生物の働きによって助けられています」と語られた奥正太さん。普段は目にすることのできない微生物の世界に案内していただきました。
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広島大学 特別研究員
奥 正太 さん




 
専門分野:微生物生態学
経歴:
平成24年      広島大学大学院先端物質科学研究科分子生命機能科学専攻博士課程後期修了
平成24年10月~  広島大学大学院先端物質科学研究科 代謝変換制御学研究室 研究員
平成27年4月~    広島大学特別研究員(グローバルキャリアデザインセンター)

研究内容
—微生物の走化性メカニズムの解明

  私は微生物学の中でも特に環境細菌の行動や生態を中心に研究をしています。細菌の約半数の種はベン毛を持ち、水中では1秒間に約0.05ミリもの速さで非常に活発に動き回ることができます。私たち人間からするとそれほどの距離ではないですが、細菌1個体の大きさは0.005ミリ程度なので、つまり細菌は1秒間に体の大きさの10倍の距離を進む能力を持っているというわけです。身長150センチの人が1秒間に15メートル(=時速54キロ)を移動すると考えてみてください。どれだけ早いスピードで動き回っているか想像がつくかと思います。また、ただ単に早く動き回るだけでなく、その行動は細菌の好き嫌いによって変化します。細菌が好む物質には寄って行き(集積反応)、嫌いな物質は避ける(忌避反応)—細菌のこのような行動特性を「走化性」と呼んでいます。

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走化性により細菌が集積する物質と忌避する物質は細菌種によって異なります。これまでの研究から、多様な走化性を決定している要因は、走化性センサータンパク質であると考えられています。しかし、これまでの走化性センサー研究の主役は大腸菌という細菌で、環境中に生息する細菌の走化性センサー機能・役割の多くは不明でした。
  その背景として、大腸菌は5種類のセンサーしか保持していないのに対し、環境細菌の多くは20〜60種類ものセンサーを保持しており、環境細菌の走化性の研究は簡単にはできないという事情がありました。大腸菌のセンサータンパク質の機能解析には、遺伝子破壊による「機能喪失型」の手法が使われていましたが、数十種類ものセンサーを保持している環境細菌に対して、センサー遺伝子の破壊を逐一行っているとコストも時間もかかりすぎてしまいます。また、たとえセンサー遺伝子を破壊できたとしても、複数のセンサーが互いに作用し合う影響やその可能性を完全に除外することが難しいなど「機能喪失型」の解析法の限界がありました。
  私は細菌と植物の相互関係に興味があったため、植物に有益なシュードモナス・フルオレッセンス(Pseudomonas fluorescens)という細菌を用い研究を開始しました。しかし、この細菌は37種類もの走化性センサータンパク質を持っており、従来の解析法ではこの細菌の走化性メカニズムを解明することは困難でした。そこで、現在私が所属する研究室で長年研究がされてきた26種類の走化性センサータンパク質を持つ緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)というヒトの病原菌に、シュードモナス・フルオレッセンスのoku-2遺伝子を導入する「機能獲得型」の解析法(異種株相補解析法)を考案し、シュードモナス・フルオレッセンスの走化性センサー機能を明らかにすることに成功しました。また、走化性センサーの機能が特定できたことで、シュードモナス・フルオレッセンスがどのような走化性によって植物を探索・定着しているのか明らかとなってきました。これを応用すれば、植物に有益な細菌を植物へと集積させ、より効果的に有益作用を利用できるようになると期待されます。さらに同様のアプローチを使い、植物に悪影響を与える細菌の走化性メカニズムを解明するための研究にも取り組んできました。

—基礎から応用へ

  生物の行動特性を上手く活用することが出来れば、人間の生活がより便利になると考えています。身近な例をあげると、虫よけスプレーなどは害虫の行動特性(特に、忌避反応)が上手く利用されたものです。人間にとって不利益な影響を及ぼす微生物に関しても同様に、その微生物の行動をコントロールすることが出来れば、私たちはより住みやすい生活を手に入れることができると思います。例えば、200種類以上の植物に悪影響を及ぼしている青枯病菌(Ralstonia solanacearum)は、世界の植物病原菌の中でも上位にランクされるほど深刻な植物病原菌です。この菌を駆除する対策として、これまでは臭化メチルを使用した土壌の殺菌が行われてきました。しかし、臭化メチルはオゾン層破壊物質であることから2005年以降使用が禁止されたため、現在は代替となる対策の開発が研究されています。その中でも、細菌の走化性を利用した研究は珍しいと言えます。他の細菌同様、青枯病菌にも集積する物質や忌避する物質が存在し、その特性を解明することで青枯病菌の行動を抑制し、農作物被害の軽減につなげたいと思っています。ただ、細菌の走化性は簡単に目にすることが出来ないので、なかなか信じてもらえないというのが現実です。ですので、まずはこのアプローチについて納得していただけるような研究成果を出すことが重要だと感じています。

−インターンシップで得た知識を活かし、現場で使える技術の開発に取り組む

  植物に害を及ぼす細菌の行動を制御しつつ、oku-3植物に有益な細菌を植物の周りに集積できるような方法を開発することが現在の私の目標です。これまでの研究はほとんど実験室の中で行ってきましたが、実際に現場で使える技術を開発するためには、研究の場をフィールドにも広げる必要があります。そのためには、実験室で研究を行う段階で、より農地の環境に近い条件下で実験をしていくことが必要不可欠であると考えています。これまで実験に使ってきた土(砂)ですが、これは硅砂(けいさ)と呼ばれる人為的に精製された砂で、農地の土とは性質が非常に異なるものでした。ただ私自身、土に関してはそれほど知識がなかったため、農業・食品産業技術総合研究機構 近畿中国四国農業研究センターにおける2ヶ月間のインターンシップを通して、畑の土に関する知識や土を使った実験の方法、ルールなどを習得しました。
 
  インターンシップを経験して、フィールドは色々な意味でスケールが大きいということを改めて実感しました。フィールドでは1サンプル200gもの土を使う上に、実験を繰り返し行い、フィールドに特有のランダム性(フィールド環境下の様々な要因など)を含めた評価をしていきます。一方、研究室では砂20gに水が数十ミリリットルという小規模の実験をしていたので、ごくわずかな量の砂を使用した実験ではフィールドには応用が効かないということを学びました。
 
  土は粒子の大きさや有機物の含有量によってその性質を大きく変化させ、砂浜の砂のような状態にも、粘土のような状態にもなります。畑の土の粒子は比較的普通の大きさで多くの有機物を含みます。また同じ畑の土であっても、その特質は地域によって異なります。インターンシップは京都で行ったので、その際は京都に特有の土を使用していました。土地によって土の性質が違うことを考えると、将来的には細菌の走化性を利用した技術も地域ごとに様々な方法を提案していく必要があるのかもしれません。
  最後に、農業の現場で技術の普及を目指す場合、農家の方にわかりやすく伝えることが重要だということもインターンシップを通して学びました。一般に、研究成果を報告する際、より具体的な数字を並べて説明しますが、これでは農家の方には受け入れられにくいというのが現実だということを教えていただきました。開発した技術を普及する段階になればインターンシップで得たこれらの知識も活かしていきたいと思います。

取材担当:笛吹理絵(広島大学 大学院総合科学研究科 博士課程後期1年)