研究分野を変えてまでも自分の興味を追求し,理系の視点と文系の視点を兼ね備えた中川雅央先生にお話を伺いました。
広島大学 大学院社会科学研究科 助教
中川 雅央 先生
専門分野:マクロ経済学
経歴:
2000年 早稲田大学理工学部物理学科 卒業
2004年 立命館大学経済学研究科 修了
2008年 大阪大学経済学研究科 単位修得退学
2008年 大阪大学社会経済研究所 研究員
2012年 京都大学経済研究所 研究員
2013年 東北大学経済学研究科 准教授
2015年03月01日 広島大学大学院社会科学研究科 助教
実は私は理工学部の出身です。もともと経済学にも興味を持っていたのですが,経済学に進む決意をしたきっかけは金融危機です。銀行が合併されてメガバンクができる中,いろいろなテレビや本を見て,コメンテーターやエコノミストが様々な意見を言っていることに疑問を感じました。イエスと言う人もノーと言う人もおり,結局何が正解なのかが分からない,これを解明してみたいと思い,経済を勉強することを決めました。理系から文系に変わる,というのは大変と思うかもしれませんが,ノーベル経済学賞を受賞したジョン・ナッシュも数学者であり,経済学は理系でも比較的入りやすい分野だと思います。
現在私は経済を少子高齢化や出生率という視点から研究をしています。
人口成長と経済成長率には相関関係があります。日本では,江戸時代までの人口成長率は低かったのですが,明治時代以降,急激に人口成長率が伸び,それに伴って経済が発展していきました。いわゆる近代化,と呼ばれるものです。
ある程度経済が発展すると,逆に経済成長率は高いが人口成長率は低い,という関係に転じていきます。特に日本では,人口成長率が急激に上がったために高齢化社会の進行も早かったのではないかと考えられます。
このメカニズムは日本に限った話ではありません。先進国はもちろん,今は人口が増加している発展途上国でもいずれ,同じような道筋を辿ると考えられます。それがなぜ起こるのか,というのが私の一つの研究テーマです。
考えられる要素の一つとして,義務教育が挙げられます。例えば,義務教育になったことで,それまで労働力として家計を支える一員となっていた子どもたちが働くことができなくなったとします。その結果家計の収入が減り,子ども一人当たりの教育費が上がってしまいます。そうなると,親は子どもを産むことに対し,より高いリスクを抱えることになります。それを避けようとした結果,出生率及び人口成長率が低下する,というメカニズムです。
他にも,所得の不平等度という視点からも研究をしています。この研究には①不平等度は持続的かどうか,②不平等度が経済にどういう影響を与えるかという2つのテーマがあります。高収入の親に育てられた子どもは十分な教育投資を受けることができるため,将来的に高収入になるだろう,と考えられます。
逆に,貧しい家庭で育った子どもは,十分な教育を受けられず,将来も貧しいままである可能性もあります。いわゆる貧困の悪循環です。そうした循環を親の世代で断ち切るためにも政府は教育投資を増やし,奨学金制度を充実させる必要があると思います。
また,所得の不平等度のポジティブな面とネガティブな面は経済発展の段階によって異なります。
経済発展初期の段階では,富裕層が投資することで新たな工場や設備を作ることができるため,所得の不平等はポジティブにとらえることができます。しかし,日本のような経済発展後期の場合はある程度設備が整った状態のため,経済発展初期のような投資はそれほど必要ではなくなります。その代わりに,今度は今あるものをどのように活用するかを考える力,つまり知識が求められるようになります。その時に労働者の所得の不平等が広がれば広がるほど教育を受けられない子どもが増え,労働力としての質が下がってしまいます。
経済学は,今社会で起こっている現象がそれぞれどのように影響しあっているのかを研究する学問です。そのため,経済学のみに焦点を当てた研究だけでなく,他の学問と融合した研究も多く行われています。例えば経済学と心理学や,経済学と医学など,さまざまなテーマと経済学を結びつけることで研究の幅を広げています。
歴史統計という本からデータを取って検証を行います。この種類の本にはイギリスであれば1500年代から,日本でも江戸時代頃からの人口データが載っています。このようなデータや社会で起こっている現象をもとに,仮説を立ててメカニズムを解明します。
経済学は起きた現象やデータに基づいて研究を行うため,理系のように条件を整えて実験をすることはできません。理論を見つけるにはたくさんの事例が必要になりますし,条件も異なるものを取り扱うので難しいですが,それを解明するという点におもしろみを感じています。
【出典】我が国の教育(このような統計の本を使用します)
研究に関しては二つあります。一つは今後,高齢化社会が20年後,30年後,もしくは100年後の日本経済にどのような影響を与えるのかを分析することです。日本やヨーロッパでは人口問題を深刻にとらえています。現在の経済学ではシミュレーションを用いるのが主流になっているので,工学的な面からアプローチしたいです。
もう一つは、人口成長率に影響を与える政策を遂行する上での問題点です。私は,経済学者が人口問題に介入することついては倫理的な視点で疑問を感じています。例えば,中国の一人っ子政策など,政府の方針によって生まれてくる子どもの数を制限するということは,生まれるはずだったこどもが生まれてこなかったということになります。政策を立案する上で政策によって生まれる予定ではなかったけど生まれることになる将来世代,もしくは生まれる予定であったけど生まれなくなった世代の声をどのように反映させるべきかというのは考えるべきテーマだと思います。
また,今,子どもが減っている日本ではより知識が求められる社会になっていくので,研究と同じく教育にも力を入れていきたいです。今は大学院の授業を持っていますが,一方通行的な授業からスタイルを変えないといけないと思っています。受講生が将来労働力としての質を高められるよう90分の授業をどれだけ濃く,有意義なものにできるかを考えていきたいです。
取材担当:勝池有紗(広島大学 大学院教育学研究科 生涯活動教育学専攻 博士課程前期1年)