第5回は、山口大学大学院医学系研究科助教の原裕貴先生にお話を伺いました。
山口大学 大学院医学系研究科 助教
(※インタビュー当時の所属)
原 裕貴 先生
専門分野:細胞生物学
経歴:
2005年 筑波大学第二学群生物資源学類卒業
2007年 筑波大学大学院生命環境科学研究科修了 (修士(農学))
2010年 総合研究大学院大学生命科学研究科修了 (博士(理学))
2010年 4月~ 国立遺伝学研究所細胞建築研究室 博士研究員
2011年11月~
European Molecular Biology Laboratory (EMBL), Genome Biology Unit, Merten Group 博士研究員
2015年 6月~ 山口大学大学院医学系研究科 応用分子生命科学系学域 分子機能生物学分野 助教
(2016年4月 山口大学大学院創成科学研究科に改組)
細胞の大きさと、細胞内部の細胞小器官の大きさとの関係性について、それを制御する仕組みとその機能性を解明する研究を行っています。多細胞生物の細胞の大きさは発生の段階や細胞の種類によって大きく異なっています。たとえば、受精卵の体積は皮膚などの体細胞に比べて千倍以上大きいです。大きさという細胞の「外見」の特徴が異なると、細胞の「中身」もまた異なります。細胞の内部には、核やミトコンドリアなどのオルガネラと呼ばれる様々な細胞小器官が存在します。これらオルガネラの大きさと細胞の大きさの間には、「細胞が小さいとオルガネラも小さく、細胞が大きいとオルガネラも大きく」なるように、ある一定の比率・法則性が存在するということが、顕微鏡が発明された100年以上昔から知られています。私はこの現象を「細胞内スケーリング」と名付け、それを制御する仕組みについて研究を行っています。現在は、オルガネラの中でも、遺伝情報であるDNAの入れ物として働く「核」に着目し解析を進めています。
また、この仕組みが細胞にとってどのようなメリットがあるのか、なぜ細胞の大きさに合わせてオルガネラの大きさを制御しなくてはならないのか、という疑問についても明らかにしたいと思っています。例えば、癌細胞がもつ核の大きさは細胞全体の大きさに対し異常に大きくなることが知られています。しかし、核の大きさ自体が細胞の癌化の原因であるのか、というような核の大きさと細胞の健康状態との因果関係はまだ分からない点が多く残っています。将来的に、私の研究成果がそこに切り込んでいければと考えています。
アフリカツメガエルの卵を実験材料として使っています。雌のカエルが産み落とした卵を回収し、遠心分離機にかけることで、卵から細胞の中身である「細胞質」のみを取り出すことができます。遠心分離によってオルガネラの構造も壊れてしまいますが、取り出した細胞質を試験管の中に入れて培養することで、オルガネラを元通りに再構築することが出来ます。つまり、卵(細胞)の中で作られるオルガネラを、卵の外(試験管の中)で再現することができます。
この試験管内で核を再構築させる実験系を用いて、私は細胞内の空間が核の大きさの制御にどのような影響を与えるかを解析しています。また、人工的に細胞内の空間を作り出すために、マイクロ流体工学の技術を応用して実験を行っています。マイクロ流体工学は、もともと半導体を作るための技術で、シリコンの基盤の上にマイクロメータースケールの構造を自分で設計・制作することができます。この技術を使ってチャネルと呼ばれる微細な容器を作り、その中で取り出した細胞質を培養する、つまり細胞内の空間を模倣した小さな容器の中で核を再構築させます。様々な形や大きさの容器を作製し、その中で細胞質を培養することで、容器の寸法、つまりは細胞の形や大きさが変化した状態を自在に作り出すことが出来ます。
このような様々な条件下で培養して再構築した核を顕微鏡で観察し、核の大きさを測定します。その上でコンピュータでのシミュレーションも併用しながら、実験結果に見合う制御モデルを考察することで、核の大きさを制御する仕組みを研究しています。
修士論文では、マウスの精子の形態形成時に現れるタンパク質についての研究を行っていました。人間の精子の形は頭の部分が丸い形をしていますが、マウスの場合は三日月型で扁平な形をしています。このように、生物種によって精子の形には違いがあるのですが、卵子は一様に丸い形をしています。しかし、どの生物も問題なく受精することができる、という所に興味を持ち、このマウスに独特な精子の形には生物学的な意味があるのか、さらにどのようにしてその精子の形が形成されるのか、ということを解明すべく研究を行いました。減数分裂といって精子の形態形成時に染色体の数を半分にする時期があり、その時期に細胞は精子特有の形へと変化していきます。そこで、この段階の精子の細胞にのみ現れるタンパク質に焦点を当てた解析を行いました。
研究を進めていくうちに、精子細胞全体の形の変化に合わせて、細胞内の核の形も変化していることに気がつき、細胞と核の関係性とそれを調節する仕組みはどうなっているのか、ということに新たな興味が出てきました。この問題に立ち向かうために、博士課程への進学を期に、研究分野を分子生物学から思い切って変える決断をしました。博士課程では、当時はまだ珍しかったコンピュータを用いた画像解析やシミュレーションを生物学に応用していた国立遺伝学研究所・細胞建築研究室に進み、細胞の大きさと細胞内の構造体の大きさとの関係性の解明に取り組みました。
これまでの研究から、画像解析やマイクロ流体工学の技術のように他分野の研究手法を取り入れたり、研究に用いる実験材料を変更したりと、様々なものを幅広く取り入れることが研究を進める上での重要なファクターであると感じています。現在でも、他分野から何か自分の研究に活かせそうなことはないか、常にアンテナを張るように心がけています。
これまで私が行ってきた研究成果や他の研究者の成果から、細胞の中で核の大きさを制御する仕組みの解明は進展してきました。しかし、「なぜ細胞は核の大きさを制御しなければならないのか」という核の大きさについての意義は、まだはっきりとしたことが分かっていません。そこで、細胞のもつ様々な機能を丁寧に調べることで、細胞が心地よく生きる・適切に働くためには、核が大きい方が有利なのか、それとも小さい方が有利なのかという疑問に答えを出したいと思っています。
また、これまではアフリカツメガエルを研究対象としてきましたが、将来的には異なる生物種を用いた解析にもチャレンジしてみたいです。私がこれまでに解明した核を制御する仕組みは、アフリカツメガエルのみに当てはまる仕組みなのか、それとも他の生物種でも採用されている仕組みなのか、というような進化的観点から、核の大きさを制御する意義にも迫りたいと思っています。
最後に、私の研究方法や研究成果が何かに応用できることがあればどんどん使って欲しいと思っています。異分野の研究者の考え方を聞くことで自分の研究を広げるアイディアを得ることも多々ありますので、興味を持って下さった方は是非とも気軽にコンタクトを取っていただければと思います。
取材担当:江口裕梨(広島大学 大学院文学研究科 人文学専攻 博士課程前期1年)
■ 原先生が平成29年度文部科学大臣表彰 若手科学者賞を受賞されました
平成29年4月11日(火)、文部科学省より平成29年度文部科学大臣表彰の受賞者が発表され、山口大学創成科学研究科(理学系)原裕貴助教が若手科学者賞を受賞しました。同賞は、萌芽的な研究、独創的視点に立った研究等、高度な研究開発能力を示す顕著な研究業績をあげた40歳未満の若手研究者に授与されます。
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