広島大学 大学院生物圏科学研究科 若林 香織 先生

No.4 「基礎生物学の知見を生かし、新しい水産技術の開発へ」

大学4年生の時に研究室に配属されてすぐ、「まるで憑りつかれたように」基礎生物学の面白さに魅了され、研究者までの道を一直線に進んだと言う生物圏科学研究科の若林香織先生に、研究内容と今後の展望についてお伺いしました。
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広島大学 大学院生物圏科学研究科 助教
若林 香織 先生
 
 
 
 
専門分野:海洋生物学
経歴:
2004年                    富山大学理学部生物学科 卒業
2006年                    富山大学理工学研究科生物学専攻修士課程 修了
2009年                    富山大学理工学教育部地球生命環境科学専攻博士課程 修了
2009年10月01日~ 東京海洋大学 海洋科学部 博士研究員
2013年04月01日~ 東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科日本学術振興会特別研究員
2015年07月01日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 助教

◯ 研究内容

  ウチワエビというエビの水産増養殖技術の開発に取り組んでいます。ウチワエビはその名の通りうちわの形をしたエビで、西日本で漁獲され消費されているエビです。ウチワエビ自体の知名度は高くないかもしれませんが、実は高級なエビで知られるイセエビの仲間で、イセエビと同じくらい、もしくはそれ以上においしいエビだと言われています。イセエビ類の増養殖技術もまだ確立しておらず、現在消費されているものは100パーセント天然資源に由来します。近年ではアジア諸国でも需要が高まっており、過剰漁獲による個体縮小も確認されています。ウチワエビは水産物の価値としてはイセエビよりも劣るかもしれませんが、お手頃な価格で利用できる、イセエビに代わる水産魚種となる可能性があると考えています。
  増殖技術と養殖技術は少し異なります。増養殖技術においてはまず種苗生産といって、種苗(稚エビ)を作らなければなりません。その後成体まで育てます。養殖は稚エビを海から取ってきて育てることも含みますが、増殖は稚エビを自分たちで作るところから始めます。つまり完全に人工的に生産することを目指しているのです。水産や生物学を全く勉強したことのない方にも研究協力員として協力してもらいながら、例えるとお料理感覚でできるような、誰でもできる増殖技術を目指しています。現在は、「幼生」といって昆虫でいうと幼虫に相当する時期から稚エビまで育てる段階の技術の開発に取り組んでいます。
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◯ 研究の流れ

  今の段階では、wakabayashi-3研究室でオスとメスを交配させて卵を産ませる技術はまだ安定していないため、漁期の10月頃から漁師さんに交渉して卵を持ったエビを買い、研究室に運んで孵化を待ちます。幼生が孵化してからようやく実験は始まります。ウチワエビの抱卵期は12月から4月なので、実験のメインは2月から5月です。実際に幼生を飼育し観察していく中で、水温や塩分、光の管理など、幼生がより速く、大きく、元気に成長できる適切な環境を調べていきます。また、幼生が十分に栄養を取れているかどうかは、しっかりとした種苗を生産するために非常に大事であるため、食品分野の先生の協力を得て栄養分析を行いながら安価で高品質なエサの開発にも取り組んでいます。
  さらに、夏など卵が手に入らない時期(オフシーズン)にはフィールドに調査に出て、「どの時期にどの種がどの発育段階でどこの海域を泳いでいたか」のデータを採取しています。情報を蓄積することで将来的には、種ごとにどれくらいの資源量が期待されるか見積もることができるようになるのではないかと考えています。今は中国地方を中心にやっていますが、今後は九州、四国ともっと範囲を広げていければと思います。

◯ 水産の研究者からみると異端児かもしれない―基礎生物学を水産増養殖に応用―

  現在は水産増養殖技術の開発に取り組んでいますが、学生時代の私の研究分野はヒトデなどの棘皮動物の基礎発生学で、水産に関する勉強は学位取得後にはじめました。
  実はこのウチワエビの研究は、以前所属していた東京海洋大学の研究室に、近くのダイバーが持ってきた情報がきっかけなんです。ダイバーが「面白いものがいるから」と、クラゲに乗ったウチワエビの幼生の情報を水中写真とともに知らせてくれ、これはとても興味深い、wakabayashi-4ということで研究が始まりました。ウチワエビ類の幼生がクラゲに乗るということから、「研究室でもクラゲをエサとして使って育てることができるのではないか」というアイデアが生まれ、育ててみたところ実際に成長することがわかり、次第に数を増やしていきました。私が在籍していたところは、主にプランクトンの生態を研究している浮遊生物学の研究室で、エビ類の水産増殖に関してはゼロからのスタートだったので、全てが試行錯誤でした。孵化には水温と溶存酸素の管理が重要なのですが、適切な環境が分かるまでは親エビが体から卵を切り離し、孵化を諦めてしまうこともありました。また、幼生は浮遊生物なので普通の循環水槽では吸い込まれてしまいます。工夫をした循環水槽ができるまでは、水替えも毎日一つ一つ行っていました。水産学を専門にやっている人にとっては当たり前のことも、新しいことも、様々に試してみて、私たちの方法ではこれがいいんだなと確認しながら丁寧に学んでいきました。基礎発生学の視点を生かし、幼生の特徴を解明しつつ適切な環境に導いて、技術開発につなげていければと思います。

◯ 今後の研究の展望

  現在行っている段階の増殖技術が完成したら、wakabayashi-5次は稚エビから成体まで育てる段階の技術の開発に移ります。幼生の時と同様エサの開発は大事ですし、エビが這うようになるので水槽の底質も大事になります。けれども、稚エビから成体に育てる段階の研究はイセエビ類で進んでおり、海外ではうまくいっている例もあるので、情報を共有させてもらう、あるいは一緒に研究を行うことで早く技術を完成させることができるのではと期待しています。
  また、現在取り組んでいるウチワエビの研究は、イセエビ・セミエビ類を中心とする甲殻類の種苗生産技術の開発のいいモデルだと思っています。将来的にはウチワエビだけでなく、ほかの有用な甲殻類に広げていくこともできるのではないかと考えています。
  現在の共同研究先は大学が主ですが、今後は産業分野の方とも協力していきたいなと思います。今後の夢としては、水産飼料や食品の加工業者とともに幼生のエサを開発することができたらいいですね。

取材担当:江口裕梨(広島大学 大学院文学研究科 人文学専攻 博士課程前期1年)