短歌や俳句等、明治時代の著名な文学者として知られる正岡子規。実は優れた漢詩人でもある子規の漢詩を研究するために日本へ留学した何美娜さんに、子規の知られざる一面やインターンシップでの経験についてお話を伺ってきました。
広島大学 特別研究員
何 美娜(か・みな)さん
専門分野:日本文学
経歴:
2013年4月~2016年3月 広島大学大学院文学研究科比較日本文化学博士課程後期
2016年4月~ 広島大学特別研究員(グローバルキャリアデザインセンター)
私の研究テーマは正岡子規(以下子規)の漢詩に関する研究です。子規の漢詩と中国古典関連、例えば陶淵明、李白、杜甫といった中国を代表する詩人の作品との関わりや『水滸伝』、『荘子』との関連に注目してきました。一方で、子規の漢詩自身が持つ韻律(詩の音韻上の形式)上の特徴や詠物詩や題画詩(ともに漢詩のジャンルの一種)に用いた技法、女性観、和習(日本人が漢文や漢詩を作る際の独特な癖)的な特色などについても研究しています。私はこうした研究の成果を博士論文『正岡子規漢詩研究』としてまとめました。具体的には、まず漢詩を現代語訳し、この詩は何を言っているのか、書かれた背景は何か、子規の言いたい気持ちは何かについて理解し、総合的に分析を進めていきました。このような方法で博士論文では、子規全集第八巻『漢詩稿』に収録されている約630首うちの約200首を分析しました。
子規は近代俳句の産みの親として国内外で知られていますが、同時に優れた漢詩人でもあります。子規は12歳から漢詩の創作を始め、生涯を通じて2000首以上の作品を作り上げました。日本の短歌、俳句の歴史に清新な息吹をもたらした子規の文学的素地が養われたのは、彼の深い漢文や漢詩の素養があったからだと考えられます。ですが、今までの研究では子規のそのような側面に光が当てられることは少なく、一般には俳句の改革者というイメージが定着し、強調されて広がっています。しかし、漢詩人としての子規はそれとは異なる側面を持っています。例えば、子規は俳句や短歌に自身の苦悩を書き表すことはほとんどありませんでしたが、漢詩には彼の病に対する苦しみや悩み、女性に対するコンプレックス、理想の女性像など子規の内面に深く関わる感情が印象強く表されています。このようなことから、私は漢詩人としての子規という側面に光を当てることによって子規の知られざる一面を明らかにし、子規の本当の姿に迫ることができるのではないかと考え、子規の漢詩に目を向けるようになりました。
私は元々中国の大学で日本語を学んでいました。卒業論文では、村上春樹の作品をテーマに研究していましたが、なかなか思うようにいかず修士課程で異なったテーマにするかどうか悩んでいました。その時に、大学の日本古典に関する講義で俳句に触れたことや、その講義の先生が子規は漢詩も作っていると仰っていたことを思い出しました。そこで子規の漢詩を手に取り、読んでみるととても面白いと感じました。その時に子規の漢詩を研究することに決めました。その後学部から大学院へと進学し、修士3年生(注1)の始め頃に自身の将来について真剣に考えるようになりました。いろいろ考えた末、日本語を学んでいたので日本に行きたいという純粋な気持ちと、子規漢詩を研究する環境が中国より整っている状況から日本へ留学して研究を続ける決心をしました。
私がインターンシップに行ったのは、愛媛県松山市にある松山市立子規記念博物館で、期間は博士課程3年の9月と10月の2か月間です。まずインターンシップを考えた時、自分の研究に何か役に立つのかと考えて応募先を探しました。加えて、大学では1人でずっと研究を進めていましたので、自分の行っている研究は社会にちゃんと応用できるのか、そして社会でどのような人材が求められているのかが気になり、インターンシップに参加しようとも考えていました。実際にインターンシップに行く前に博物館の職員の方と実際の業務内容について話し合いをし、しっかり事前準備をして行きましたが、最初は上手くできるかどうかとても不安でした。しかし、実際に始まってみると職員の方々の暖かいフォローのおかげもあり、すぐ職場に慣れることが出来ました。
私が実際に任された主な業務は、子規と同時代の文人達の漢詩を解釈するというものです。具体的には、くずし字の識別、訓読等を行いました。くずし字に触れるのは初めてでしたのでとても難しく、中には1文字解読するのに3,4日かかるものもありました。しかし、事前の話し合いで業務内容を事前に知らされしっかり準備をして行ったので、大体の漢詩についてはスムーズに解釈して業務を進めていくことが出来たと思います。最終的には3万5000字の文字を解読し、100首以上の作品を解釈するという成果を上げることが出来ました。その他の業務は、全国俳句大会や俳句教室、各種講演会等の博物館のイベントの受付やチラシ配り、会場設営などです。どの業務も来館者の方々と直接触れ合うことがたくさんあったので、様々な状況に対応する能力とコミュニケーション能力を高めることが出来ました。また、プライベートの時間を利用して、道後秋祭り、子規堂、とべ動物園等のイベントや施設に職場でできた友人たちと一緒に行き、子規の故郷の文化に親しむことも出来ました。
私はこのインターンシップを通じて、くずし字を解読するという技能やコミュニケーション能力といった多方面にわたる能力の向上を実感しました。併せて、日本のオフィススタイルや日本文化の体験、博物館の職員の方々や来館者の方々と交流をすることが出来たのもとても有意義でした。インターンシップへ行く前よりもチームワークや人と人のつながりの大切さが実感できるようになったと思います。自身の研究においては、子規と同時代の文人達と子規の漢文での交流に関する新たな視点を持てたことが大きな収穫でした。今後は先行研究から学びつつ、このような視点を研究に生かしていきたいと思っています。また、研究に関してだけでなく自身の将来についての視野も広がりました。今まではアカデミックのポストに就くことを強く考えてきましたが、今回インターンシップで行ったような学芸員等、他の道もあるということに気が付けて良かったです。このように、私はインターンシップを通してとてもたくさん得るものがありました。ですので、これからインターンシップに参加することを考えている学生の方は、ぜひ挑戦してみることをお勧めします。気を付ける点としては、応募先を探す際は念入りに調べて事前の話し合い等で自分の行う予定の業務についてよく準備することが大切だと思います。
今後の私の計画としては、まず学会に参加したり博士論文の一部を本にして出版したりして、今までの成果をどんどん発表していきたいと考えています。子規漢詩研究においては、まだ様々な課題が多数残されています。中でも重大な課題として、子規漢詩を研究する基礎資料としての解釈書がまだないことが挙げられます。現在存在する資料は漢文と訓読のみという状況なので、私はそこに詩語の解釈と現代語を加えた子規漢詩の解釈書を出版したいと思っています。具体的には、子規の残した『漢詩稿』にある630首の作品に対して、従来の辞書だけに頼る表面的な詩語解釈と現代語訳ではなく、漢詩作品に潜んでいる背景や思想などをできる限り発掘し、より立体的な解釈を施していきたいと考えています。こうした取り組みを通して、これまで光が当たってこなかった子規の漢詩作品を国内外の人々にも分かりやすく紹介し、多くの人々が子規の漢詩に触れたり学べたりできるようにしていきたいです。
注1:日本と違って中国の大学では修士課程は3年間である。
取材担当:谷 綺音(広島大学 大学院総合科学研究科 総合科学専攻(地理学)博士課程前期2年)