脳神経外科で活躍する看護師から、大学教員へ。より良い看護を見つけるために研究の道へ進んだ梶原先生に、先生ご自身の研究と認知症の介護・医療の現状について伺いました。
広島大学 大学院医歯薬保健学研究院 助教
梶原 弘平 先生
専門分野:老年看護学
履歴:
2004年 3月 山口県立大学大学院 健康福祉学研究科 修士課程修了
2010年 4月~2013年 3月 広島大学大学院 保健学研究科 博士課程後期 修了
2012年 4月 九州大学大学院医学研究院保健学部門 看護学分野 助教
2016年 2月 広島大学大学院医歯薬保健学研究院 助教
当初、私の母親が看護師であったことと、これからは男性の看護師も活躍できる時代になると考えたことから、自分も看護師の道を選びました。看護師として脳神経外科などの病院で働く中で、特に脳卒中の看護に取り組みたいと思うようになりました。看護師は医師と違い、患者の方に対して直接的な治療を行えるわけではありませんが、看護の方法を工夫することによって、予後を大幅に良くすることができます。ですから、それぞれの患者の方に合った良い看護の方法を見つけるために看護の研究をしていきたいと考えていました。しかし、臨床現場の看護師の土日や昼夜の関係ない不規則な勤務時間では、私自身は集中して研究することが難しいと考えて、仕事を辞めて大学院の博士課程へ進学しました。
私が認知症の介護者に注目したのは、認知症をはじめとした脳の疾患の治療や看護、介護の場面において、家族の方の役割が非常に大きいからです。
例えば、脳神経外科の場合、入院してこられる患者の方は意識がない状態が多いのですが、脳疾患は早急に治療を開始しなければなりません。そのために、患者の方の代わりに家族が治療の決定をすることが多くあります。
認知症に関しても、患者の方は治療に関することを決めたり、日常生活を送ることも一人では難しく、家族の方の協力を仰いだりする必要が現状としてあります。
日本は世界で最も高齢化が進行している国であり、認知症の患者数も倍増しています。患者数の増加に伴い、病院の長期入院や高齢者施設に入居することも難しくなり、自宅で生活するための在宅介護が重要になってきています。現状は在宅介護全体の7割以上が家族による介護で、患者の家族が大きな負担を背負っている状態です。
一方、介護者は以前と比べ多様化しつつあります。以前は「息子の嫁」が一番担っていましたが、近年では「娘」が一番多くなっています。男性が負担する率も徐々に増え、「息子」が主に担当している場合も見られます。核家族化が進み、実際に介護する様子を見ることなく介護者となる現状に直面していることから、様々な介護者に対する支援がとても大事になると考えています。
認知症患者の介護者の介護に関する意識についての研究、特に介護の“肯定感”に焦点を当てて取り組んでいます。
日本では長年、「夜寝られない」、「介護のために家から出られない」といった負担感に注目し、その軽減などについて研究されてきました。一方アメリカでは1980年代より介護を通じて抱く「肯定感」―「介護をやってよかったな」とやりがいを感じる気持ちについて研究されています。介護者の方も肯定感自体は持っていますので、そこを向上させることで、負担を感じる中でも、少しでもやりがいを持って介護をしてもらえたらと思います。また、強い負担感を抱えたまま介護を続けていると、介護者の方がうつ病などのメンタルヘルスを発症することもあります。肯定感を向上させることは、そういった医療費の削減につながるとも考えています。
臨床現場を経て研究の場に身を置いてからは、介護者の肯定感に関する意識調査やそれらが在宅介護の及ぼす影響についての研究の他、在宅介護者の支援プログラムの開発として、介護者の方へ配布するリーフレットを作成しました。
老老介護と言われるように介護者も徐々に高齢化している現状から、リーフレットならば、空いた時間に手軽に読める、家を空けなくて済むといった理由で採用しました。リーフレットを読んでいただき、介護に対する意識が変わり、肯定感が強くなった方も実際にいるということが分かりました。今は長期介護の中で意識がどう変わっていくのか、介護者の方に追跡調査を行っているところです。
在宅介護は困難な状況も多く、認認介護、老老介護など課題は数多くありますし、先にも述べた通り介護者の7割以上は家族という大変な現状があります。私はそのような問題への支援の視点として、介護している方の負担感や肯定感などの主観がとても大事だと考えています。
介護を受けている方は介護している方に対して、特に認知症の場合は、感謝の言葉を言われる場面を経験することは少ないかもしれません。自分の頑張りが誰からも認められないという状態はとても辛いですので、他者がそれを認めることが一つのポジティブな肯定感を得えられる場面ではないかと思います。それも含めて、今後は在宅介護を行っている家族の方々に対して多様な専門職が積極的にかかわっていくアプローチの仕組み、特に介護者の意識に関してより具体的な支援方法を色々な側面から見つけていきたいと考えています。また、併せて専門職の能力を上げていくような仕組みも作っていきたいです。
最近は他のアジアの国々は日本の後追いで高齢化が劇的に進むだろうということから、日本の介護や医療に対して非常に興味を持っています。世界最高の高齢化率で、他のどの国も経験していない状況というのは大変で悪い面もありますが、逆にこのような状況を体験している国は日本だけなので、その中で培った技術や情報を世界に発信していきたいと考えています。そうして、世界中の介護者の方が少しでも楽に介護を続けることができるように貢献していきたいなと思っています。
取材担当:谷 綺音(広島大学 大学院総合科学研究科 総合科学専攻(地理学) 博士課程前期2年)